095 司祭




――「あなたなら、私のために死んでくれると思ったから」


 半年前、この街に堕ちて来た隕石の影響で、世界は変わった。
 隕石の堕ちた周辺に住む人々は類稀なるパワーを手に入れ、飛び散った隕石は野生生物を凶暴化させた。モンスターと化した生物が世界の支配権を握ろうとする一方で、戦うことを決意した者達はモンスターを一掃しようとあるものは徒党を組み、またある者は単独で、危険を顧みず侵入者達に立ち向かい、消えて行った。

「マリサは、何でうちを選んだん?」
 褐色の肌に割れた腹筋を大きく露出させ、長い髪を一つで括った格闘家・アンナは隣を歩く司祭服の女・マリサに訪ねた。
 歩く度にふわふわと揺れる銀髪に、透き通るような白い肌。マリサは赤い瞳を細めて、微笑みを返した。
「あなたなら、私のために死んでくれると思ったから」
 常に死の恐怖がつきまとうようになった世界で、女二人旅は極めて危険だ。それでもこの半年間、二人は共に生き抜いてきた。
 アンナはマリサのためなら、命を賭すことも厭わない。
『アンナ、行って』
 その一言で、死の危険に飛び込んで行く。

 雨の日。森の中で、二人は巨大なモンスターに襲われた。
 アンナが飛び出してその巨体に拳を叩き込んでいく。攻撃をかわしながら更に蹴りを加えていくが、ぬかるみに足を取られた隙にモンスターはアンナを掴み上げた。
 もがくアンナを腹に入れようとモンスターはアンナを摘まみ上げたまま口を大きく開く。
「マリサ!」
 アンナの合図で、マリサは躊躇い無くモンスターの頭上に雷を落とした。
 モンスターの身体を伝って、電撃はアンナの身体をも貫く。アンナを掴んだまま倒れたモンスターに近寄り、マリサはアンナの死体を引っ張り出した。
「ありがとう、アンナ」
 軽く唇に口付けをすると、硬く閉じていたアンナの目蓋が少し震えた。
 司祭だったマリサに宿ったのは、魔力と蘇生の能力だった。
 

――「あんたのためやったら、死んでもええかなって思ったから」


 隕石が堕ちて数週間後、混乱し始めた街で二人は出会った。
 神への信仰が崩れ、人が寄り付かなくなった教会をマリサはずっと守り続けていた。
 街に現れたモンスターと戦っていたアンナは、叩き付けられて瓦礫と共に教会に雪崩れ込んで来た。
 大怪我を負いながらも、マリサの姿を見つけ庇おうとするが、体力が尽きたのがマリサに覆い被さったまま動かなくなってしまった。
 マリサはそっとアンナを抱きしめると、聖書を捨て、瓦礫と共に突っ込んで来たモンスターに初めて魔法を使った。

「もうここは危ない。離れた方がええ」
 マリサに介抱されて目を覚ましたアンナは、せっせと教会を掃除するマリサにそう呟いた。
「なら、あなたが私を守って」
 瓦礫を片付ける手を止めて差し出された手には血が滲んでいて、とても冷たかった。
「私はあなたを生き返らせる。何度でもね。だから、あなたは私を守って」
 冷たい手を掴むと、その手は優しく握り返してくれた。
「ええよ、あんたのためやったら、死んだげる」

 森の中で蘇生されて目を覚まし、降りしきる雨に身を震わせたアンナは身体を起こしてマリサを抱き締めた。
「なんで、あなたは私を選んでくれたの?」
「あんたのためやったら、死んでもええかなって思ったから」
 震える身体で、マリサの血の様に赤い唇に自分の唇を寄せた。アンナを抱き寄せる手は相変わらず冷たくて、でも唇だけは温かかった。



倉坂直紀と申します。
私はいつも現代ものばかり書いているので、こういうファンタジーっぽい世界観で書くのは久しぶりでした。
イメージとしてはMMOの格闘家ジョブとプリーストでしょうか。MMOで百合プレイも楽しいですね。上位ランカーの女性キャラクターの方を見掛けると、中身はともかくお姉様とお呼びしたい衝動に駆られたことが何度かあります。ギルマスが女性、とかもいいですね。女ボスってかんじで。
倉坂直紀 @redaddict
pixiv



ツイート

作品リストに戻る