093 傭兵



「────っ」

突然、腕を引かれて目を回す。私の背を守っていたはずの壁が"無くなって"いた。どういうことだろう。何者かに後ろへ引っ張られているのを他人事のように感じる。

「……」
「ぁ」

死のうが生きようが関係無いことだ、と割り切っていた。いたはずなのに、ちょっと怖い。その気持ちが幻覚を見せているのか…目の前に映るのは───

「ケガはない?」

───見たこともない赤毛の女神だった。



──────────



果てなく荒野広がっている。その荒野の向こうには広大な森。森の手前には鉛色と赤の米粒が見てとれる。あれはヴァステル王国の軍である。鎧の鉛色と旗の赤色はヴァステル国のトレードマークというやつだ。

「さあ、我が軍に勝利を納めるぞっ!!」

この迷惑な大声は隣から聞こえる。耳が痛いから止めて欲しい…とは考えても、恐らく顔には出ていないだろうし声に出して言うほどお喋りでもない。
私は横目に"今回の"隊長を眺める。それほど熟練した戦士でも無さそう。私達を束ねるのにこんな隊長でいいのだろうか…。

「帝国に栄光をッ!…かかれー!」

帝国。私は現在、雇われ兵士──つまりは傭兵としてこの国で戦っている。もちろんこの国に思い入れなどない。
流れ者の傭兵としてフラフラ漂うのが私。今回の仕事先はこの戦場だった。

帝国軍の傭兵隊と正規の歩兵隊でヴァステル城を攻め入るのが仕事。あの赤と鉛色の軍を突破するだけ。先陣の部隊がその仕事を終えたら、帝国の騎士団が後を引き継ぐらしい。最後まで戦う必要は無いようだ。

「おいガキ」
「………」
「お前だよルカ!」
「…なんでしょう」

貧弱そうな隊長が好奇な…それでいて高圧的な目線を向ける。

「足を引っ張るなよ?子どものお守りなんぞしたくないからな!!」
「そうですか」
「伝説を打ち立てた有能な傭兵だと聞いていたのに…こんな子どもで、しかも鎧の1つも装備しない間抜けとは…」

嘲笑する今回の隊長。私の身を案ずるというよりかは、今から死体となる人間を見るかのよう。
動きを阻害しないための格好なのだが…鎧というか、胸当てとかはしてるのだけど…。確かに装備は極めて軽装だな、と周りと自身を見比べる。
帝国軍は黒塗りの鎧。傭兵部隊はそれなりに頑丈な装備。私は…黒の上着と藍色の胸当て、刀を帯刀している。そういえば刀を見て奇妙な剣だとよく言われる。違う地域から来た私の意見としては、サーベルやソードといった武器の方が珍しく思うのだが

「しかも女みたいな顔だし」
「………」

それは関係無いというか、立派な女の子なんですが…。
中性的な顔立ちと身なりで勘違いされやすいが、女の子である。訂正するとややこしくなるから言わないけど

「まあ頑張るんだな」
「はい」

進軍して間もなく、ヴァステル軍が目の前に見えてきた。そして一気に、衝突する。

瞬間、私は抜刀して鉛の鎧の間を切り裂く、切り裂く、切り裂く…。
相手が剣を振り上げて、私はがら空きの胴を斬る。
違う相手が隣から斬りかかるのを体を捻り避け正面に対峙、次に後ろから来る槍を横に避けて、私のすぐ横に通過する槍が正面にいた相手を突き刺す。
避けた反動で槍使いを視野に入れ、刀を鎧の繋ぎ目に吸い込ませる。

私は6人を5秒で葬ると、隊長を発見。何か危ない。つば迫り合いなんてやっている。隊長を押している相手の足をザックリ斬って、次の標的を探そうと周りを見た。隊長の声が耳に入る。

「伝説も…伊達ではないと」

ある国で刺客30人から貴族を守った話。あんまり覚えてはいないが伝説となったらしい。みんな、この胸当ての刺繍を見るとその話を出すのだ。隊長の声には応えず、次なる標的に狙いを定める。斬り続けた。


そうして帝国軍はヴァステル軍を押していき…

ついに森の境目に建つヴァステル城の城門前まで攻め込んだ。鉄壁要塞とまで言われる城らしい。とても付け焼き刃の私達では突破は難しい。堅く閉じられた城門は静かに来訪者を拒む。

これで私の仕事は終わりかな…そう思った。思った矢先に、遠くで爆発音が聞こえた気がした。大気の流れが急激に変化する感覚。

「伏せろぉーーー!!!」

誰かの声とエネルギーの膨張。風を切るような轟音。私は正体に気付いて素早く地に伏せる。


これは…そう


「爆弾」


呟く声は爆音で消し飛び、目の端で城門が破壊された。敵味方無差別に吹き飛ばした爆発は、石片と爆風を撒き散らして私まで到達していた。
…しかし私は生きている。怪我も特には無い。ヨロヨロと立ち上がり、崩壊した城門とは反対を観察してみた。
話では帝国騎士団が来ると聞いていたのに…爆弾がやって来るとは

「何の冗談───」

目を凝らす。爆弾を打ち出したであろう巨大な装置が黒光りしていた。周りに数人いるだろうか
まさか、もう一弾来る…?
帝国騎士団が牽制するように前進している。まるで近寄る者全てを破壊しようと

「くっ…」

私は帝国とは反対、ヴァステル国を目指して走る。このままでは殺られてしまう。元から帝国は歩兵隊も傭兵隊も見殺しにして、ヴァステル国を落とすつもりだったのだ。
最初から爆弾を使わなかったのは、私達で注目を引き付けてからゆっくり城に近付こうという算段なのか…私には理解不能だ。戦略や策といった部類は苦手である。

さすがに精鋭と呼ばれる帝国騎士団を相手に戦いを挑むのは、死ぬ時しかないだろうな。逃げるのも立派な戦略だと納得して崩壊した城門からヴァステル城に踏み入れた。後方からの激しい爆発音を耳に入れて


数分後。
私は何を血迷ったのだろう。何故、混沌とする城下町を抜けて城に入ったのだろう。
城をウロウロしても出口は無いのに…あ、そうだ、鉄壁要塞とまで言われるこの街に出口を発見出来なかったからだ。裏道でもないと出られない構造をしている。…出られない。爆発の影響は頭に効いていたようである。正常な判断が取れていない。しかしなりっぱなしの爆発音は、いつの間にか止んでいた。

あたふたする城兵は、私を見ても無反応。たぶん格好が兵士っぽく無いから、町民に見えたのだと解釈する。好都合だ。人気の無い場所で壁に背を預ける。城内は叫び声と駆ける音で満たされていた。


途中、異様な悲鳴が響く。この声は…人が化け物を目の前にする時に発する声。そうか、もう帝国が───
ガチャガチャという音に混じり、近付く足音が耳に届いた。逃げようにも行き止まりで逃げられない。行き止まりを選択した私は、やはり頭がやられたみたいだ。


足音が鮮明に聞こえてくる…


死を、覚悟した。


「────っ」

突然、腕を引かれて目を回す。私の背を守っていたはずの壁が"無くなって"いた。どういうことだろう。何者かに後ろへ引っ張られているのを他人事のように感じる。

「……」
「ぁ」

死のうが生きようが関係無いことだ、と割り切っていた。いたはずなのに、ちょっと怖い。その気持ちが幻覚を見せているのか…目の前に映るのは───

「ケガはない?」

───見たこともない赤毛の女神だった。

いや正確には…活気そうな眼差し、赤毛を1つに結い、赤い鎧を纏い、ローブを羽織っている。ついでに露出が多くて、目のやり場に困る。そんな人間の少女。
女神と表現したのは、本当に美人であるからだ。そしてやっぱり目のやり場に困る。

無言で頷くと、彼女は思い出したように見つめてくる。

「あっ君は!」
「?」

私のことを知っているのだろうか?いいや、私は面識がない。ここまで美人だと覚えていそうなものだし…何か面倒そうだ。逃げようかな…。

「ルカちゃん、だよね?」
「はい、お知り合いですか?」
「お知り合いって…まあ、そんなとこ?」
「助けて下さりありがとうございます」
「ああ、いえいえ!」
「ではこれで──」
「──って、ちょっ!?」

袖口を掴まれた。惜しい。もう少しで脱出できたのに

「……なんでしょう」
「今、この惨状で女の子1人にするなんて酷くない?そう思わない?」
「酷い以前に私も女の子なんですが」
「知ってるよ…君は傭兵でしょ?」
「傭兵ですね」
「今は帝国で雇われて」
「裏切られましたが」
「でも、腕は確かでしょ?」
「どうでしょうね」

そこまで情報が回っているとは、怖いものだ。私はちらりと自身が引きずられた場所を眺める。なるほど、隠し通路か。微妙に隙間がある。あそこから私は救出された訳だ。

「ルカちゃん」
「………」
「そっか〜自己紹介まだだったね!」
「………………」
「私はリオ──商人なんだ」
「商人」

何故、商人が城にいて隠し通路まで知っている?
疑問は通じたようで、彼女──リオは長髪を揺らして応える。

「王女様と仲がいいからね」
「……そうか」

リオはカラッとした笑顔をして、少しドキッとした。気のせいだろうけど。

「て、ことで」

パシッと手を握られる。

「!?」

対して私はビクッと腰が引ける。

「私の傭兵になって!!!」

手を、繋がれてる…。
温かく柔らかい女の子らしい感触。刀を握り過ぎて、豆だらけの硬い私の手とは大違いだ…。

じゃ、なくて
彼女は今、何と言った?

「私に雇われてくれる?」
「はい?」

私が彼女の傭兵にって…つまり

「用心棒しろってこと…?」
「わかってるじゃん」
「無理」
「えぇー!?なんでッ!?」

いや、無理だ。
今は生命的危機で、一刻も早く脱出しなくてはいけなくて、彼女を連れて逃げるなんて不可能だしリスクだらけだ。

彼女を見てみる。リオは雇うと言った。報酬が出るならば交渉をしてみるのもいい。これで駄目なら破談なだけ

「報酬はいくら?」

まあ、そんなに払えないだろう。

「望むならいくらでもいいけど」

ほら、大した額じゃな───え?

「……望むならいくらでも?」
「うん」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ?」
「そんな大金ないでしょう?」
「確かに手元には無いね」

表情からは真偽のほどは窺えないが…目を見ると嘘をついているように見えない。

「どこまで護衛する?」
「ゼパル国までお願い」
「ゼパルか」

ゼパル王国。ヴァステル国とは同盟国なはずだ。歩きでは片道約一日である。そこまで逃げれば命の心配はせずに済む。
しかし憂慮すべきはそこではない。

「どうやってここを抜け出す…?」

ゼパル国に行くにしたって、この鉄壁要塞の城を抜け出さなければならない。抜け出す方法がわからず、ここで野垂れ死にそうになったのだ。今さら抜け道など…

「あ、こっちこっち〜」
「知って、いるの?」
「王女に聞いてあるの〜」
「あ…そう」

王女様と仲良しな商人について言及しなかったが、怪しいのは変わらないし信用するに値するかわからない。
でもこれで脱出できるなら彼女も助かって一石二鳥。悪い話ではない。先に行く彼女の背を追って、今思ったことを伝える。

「…まだ承諾していない」
「え?OKでしょ?」
「いや、まだ契約は成立してな──」
「こっから出られるから、ちゃんと付いてきてー」
「………」

駄目だ。聞いてない。

不承不承、彼女に付いて脱出。
城の裏に出た私達は森の中を進み、ゼパル国まで歩み出す。

「ねぇー」
「はい」
「手、貸して?」
「?」

彼女と並んで歩いていた私。無言で左手を差し出すと、また握ってきた。
今度はとても喜ばしそうな彼女の横顔が目の端に映る。体が熱くなるような感覚がして、顔を少し逸らした。

一体、何なのだ。

「ルカちゃん?」
「……」
「耳が真っ赤だよ?」
「!!」

振り返ると悪戯な笑みを浮かべたリオ。

「間違えた、顔が真っ赤だ。」

私は繋がれた手を振りほどくことも出来ず、彼女が満足そうに手を握るのを受け入れるのみだった。

ひたすら森を突き進む私達。

恥ずかしさを押し殺し、周囲に気を配り…美人商人を護衛する私は異様でもある。
さっきから隣で延々と喋り続ける彼女だが、終わりはくるのだろうか?
よく飽きもしないものだ。

「私のこと信用してないー?」
「うん、当たり前」
「当たり前!?」

大袈裟に驚く彼女。表情がくるくる変わりゆく様は山の空模様に似ている。とても私には真似できない。…したくもないが


「あのさ…」
「なんでしょう」

少し震えたような声をリオは漏らす。同時に歯切れが悪いことに違和感を抱く。

「ホントに私のこと覚えてない?」

そういえば私のことを知っているみたいだったけど、私は特に問わなかった。顔を見ていないから表情はわからないが、ほんの僅かに繋いだ手が震えている。
何故なのだろう。

「覚えてませんよ」
「そっか…」

残念そうに沈む声は、違う暗さを含んでいる気がした。気がしただけで、問い詰めるつもりもないし興味もあまりない。

淡白過ぎるだろうか

「……ごめんね」

悲しげな眼差し。何となく彼女には似合わないな…とリオの手を引いて私は立ち止まる。

「え?」

リオも立ち止まって、戸惑いの色を浮かべていた。

「熱でもあるの?」
「へ?」
「変なこと言うからさ」

真正面に立った彼女の額に、私の片手をあてる。これでも手は冷たい方だ。まあ、心が温かい訳でもないが

「え?ええぇっ?」
「熱はないみたいだね…あれ?少し熱くなった?顔も紅いような…」
「ちょぉぉぉ!!」

奇声を上げて私から離れるリオ。
んー、元気そうだ。たぶん。

「仕返しのつもり!?」
「仕返し…?」

彼女は私に何かしただろうか…心当たりがあり過ぎて困る。
距離を取った彼女は、しばらく挙動不審だった。眺めていたら大人しくなったので、彼女を引きずり目的地を目指す。

「うー落ち着いて対処されると…それはそれで面白くない」

いつから面白さを求めてたんだ、この人。怪訝な目を向けると笑顔で返されて調子が狂う。

「そんな顔しないで笑えばいいのにー」
「笑い所が無い」
「せっかく可愛いのにさぁ」
「美人に言われても嬉しくない」

「うええ!?」

何を驚くんだ。口、開いてるよ…。

「そ、それは───」
「!!静かに…」

彼女の言葉を遮り、私は状況を理解すると同時に刀の柄を握る。
少し…油断した。

「近くにいて」

短く彼女に言い放つと、木々に隠れているであろう"ギャラリー"を素早くチェックする。ざっと5人だろうか…気配を消すのが上手い。全く気がつかなかった。

「ルカ」
「なんでしょう」
「……何でもない」

リオを後ろにして、静かに出てきたギャラリー──恐らく帝国の暗殺部隊だろうか──と対峙する。なんか黒い格好だ。帝国の暗殺部隊だと思ったのは、この黒い姿と今ある状況からだ。しかし何故狙われるのか?私達を何しようと利益は無いはず…

怖いほどの沈黙と威圧感は、首筋に刃を立てられたようだ。先ほどの戦いと違い、たった5人だけなのに…命の危機を感じる。それも鮮明に


「その女を渡せば、見逃してやる」


低い声が耳に届く。私に言っているみたいだ…。リオを渡せば、私は助かるらしい。なぜ彼女が狙われているのか、少々興味はある。が

「わかりました」
「………え」

敵が間抜けな声を漏らす。何でだろう?と首を傾げてから、後頭部に鈍い衝撃が走る…。振り向くと、リオがプンスカしてた。

「……いたい」
「馬鹿なの!?私は君の雇い主だよっ!?」
「だってまだ死にたくないし面倒だし」
「護衛はどうしたのー!?」
「命まで投げ出したくない…」
「守りなさいよ!?」
「いや、そもそもそんな目立つ格好してるから見付かったわけで…」
「赤が好きなのっ」

口論をし始めると、1人の黒ずくめが声を上げた。

「…?まさかアイツ、女か?」

私に注視する黒ずくめ集団。心なしか、ニヤリと笑ったように見えた。酷く歪んだ笑み。背に悪寒が走る。

「前言撤回だ」
「……?なにを……」
「────」

物凄い勢いで駆け出す黒色。戦わなくちゃいけなくなったらしい。理由は不明だが、数で劣勢である。その上、相手の能力も生半可ではないはずだ。状況は芳しくない。

「リオ、逃げて」
「…どうして」
「後で追い付くから、早く…」
「やだ、一緒にいる!」
「なんで…!?」

気のせいか彼女の目が少し泳いだ。

「それは………私が逃げたら、君は逃げちゃうでしょ!?」

ああ、確かにそうかもしれない。1人なら逃げられる。彼女を見捨てることは簡単なのだ。得体の知れない商人なんて

「巻き込んで切り落としたらごめん」
「怖いこと言うなっ!」

───しかし、見捨てるのは後からでも大丈夫だ。命が惜しければ逃げればいい。私は左手で鞘に触れて、右手で軽く柄を握る。接近する黒い影に狙いを定めた───。



───────
─────────



と、要約するに
途中で黒い奴らは逃げて行った。理由はわからないが、二人を一気に切り捨てたら引き返したのだ。拍子抜けとはこのことを言うのか

「……強いね、君」

リオも同じく思ったのか、気の抜けた表情をしている。

「ハッタリが効いただけかな…」

最初の二人を一気に切り捨てたとは言っても、牽制の為。逆に言うと"二人しか切り捨てられなかった"のだ。

「ハッタリが効く相手に見えなかったのにね」
「ともあれ、切り抜けた」
「ルカを護衛につけて正解♪」
「はぁ…早く行こう…日が暮れる」

私はリオの言葉を無視して歩き出す。私たちは改めてゼパル国を目指した。



歩いてしばらくして空を見上げると、私が言ったように日が沈みかけている。これは野宿しかないだろう。夜に森を突き進むのは危険だ。

「リオ、今日はそろそろ休もう」
「そだね…ここまで来れば帝国も来ないだろうし」

彼女は私を振り向いて首肯した。それから二人で適当にスペースを見付けて、食材調達に出掛ける。木の実とか川で獲れる魚と水、運が良ければ野生の兎。たぶんそれくらいがこの近辺で調達出来るだろうか

「君は聞かないの?」
「何を?」

ちなみに先ほどのこともあり、私はピッタリ彼女を護衛していた。別行動が動きやすいが仕方ないだろう。不可解な質問をするリオに私は首を傾げる。

「だ、だからさっきのこと」

さっき…とは何のことだろう?
私は燃えやすそうな枯れ木を拾い集め、彼女に目を向ける。リオは、リオの鎧と同じく赤い木の実を集めていた。

「私が帝国に追われていること…」
「…………ああ」

確かに疑問には思っていた。

「帝国に追われる商人は不思議ですね」
「うん…」
「………」
「……え、それだけ?」
「?」

もっと言うことがあるのだろうか?特に何も考えていなかった私は、彼女への返答に困った。リオは困惑していることに気付いたのか、ゆるゆると首を横に振って苦笑いを浮かべた。

「面白い子だね」
「心外だ」

ちょっと考えて、木の実を集めるリオを見つめる。

「リオ」
「ん?」
「…無理しないでね」
「う…うん」

驚いた表情を浮かべる彼女は安心したように笑った。私も…何故かそれで安心した。



食事をして、夜が更けて、睡眠する。夜、交代で見張りをすることにした。また黒い奴らに囲まれたら大変である。…ということで私は見張りをしていた。面倒だけど。

彼女の無防備な寝顔を眺めて少しだけ、記憶に違和感を感じた。懐かしい、と感じたのだ…会ったこともない女商人に

「知らないけどさ」

夜空を見上げて、一人呟いた。



朝になって、軽食を取り、ゼパル国付近。そろそろ彼女の護衛も終わり。危険なことはなく、相変わらずリオはお喋りだ。
森を抜けて見えた白亜に輝く城。少し…ほんの少し、旅の終わりを淋しく感じる。斜め前を歩く彼女は、1つに結わいた赤髪を揺らして暢気に鼻歌を歌い出した。髪がゆらゆらして馬の尻尾を連想させたが、口に出したら叩かれそうだ。

彼女にとって私はただの用心棒で、忘れ行く存在。生きて行く中で一時の存在。それでいいのだ。それでいいはずなのだ。旅商人と旅傭兵。利害の一致で行動を共にしただけなのだから

特に会話の無いままゼパル国の門をくぐる…。───その瞬間だった。空気の流れが急激に変わるのを感じ、咄嗟に抜刀。…居合い斬りを試みた。確かな手応えを感じてから刀を引き、距離を取る。

「クッソ……!!」
「またか」

昨日、私たちを襲った黒い帝国暗殺隊の残り三人が奇襲を仕掛けた…らしい。無様に体を折る一匹と覆面までしているのに動揺を隠せていない二匹。
不意討ちでこれか…そう思いながら後ろにリオが居ることを確認する。

「…お前何故わかった!?」
「勘」
「───は?」

明らかな動揺を見せる黒いやつの質問に、至極丁寧に答えた。とりあえず二人なら何とかなる。刀を構えて黒い二人を見据えた。

「ま、待て…話し合おう!?」
「そうだ!こっちはその王女を頂ければ構わないんだ!」
「!?」
「王女……?」

リオを指差して黒い覆面は「王女」と言った。振り向いて「王女」だと呼ばれたリオを見つめる。リオは…目を見開いて呆然としていた。何となく様子がおかしかったのは商人などではなく王女だったから…?


「────」


私は彼女に気を取られていたようだ。敵の残像、右手に黒光りするナイフ──。反応が遅れた。
後手に回った私は避けようとして気付いた。後ろには彼女が居る。今回の依頼は彼女を護ること…しかし確約はない。


でも、何か譲れないものが私の中にあった。


「…ルカ!?」
「っ」


左腕で敵の刃を受け止め、彼女の前に立つ。腕に食い込むナイフを無感情で眺め、覆面に右手で握った刀を突き付けた。

「こいつ──!?」
「言いたいのはそれだけですか?」
「ひ……ッ」

可笑しくなったので、私が口許を歪めて笑うと覆面は固まってしまった。言いたいこと無いのかな…?そう思っていると後ろで同じく固まる覆面が、私を指差して口を開いた。

「お、お前…まさかあの伝説の傭兵…!?」
「?」

私の胸を指差す覆面。決して胸が小さいことを指摘されている訳ではない。胸当ての刺繍を指差しているようだ。

「ほほう、伝説の傭兵か」
「!?」

聞き覚えの無い女性の声が後ろから聞こえた。素早く目の前の覆面を峰打ちで潰して、後ろを確認する。

「驚かせてしまったみたいだね、伝説の傭兵…ルカ」
「変な二つ名やめて下さい」
「ちょっとルカ…!この方は…」

リオは焦ったように声を出す。リオの隣に立つ妙齢の女性は短い銀髪をなびかせて、涼しげな眼差しをしていた。白地に金の刺繍の法衣を纏う彼女は、高貴さがある。ああ、何となくわかる。王女が出てきたなら…

「ゼパル国の女王様?」
「ほう…ルカ、よくわかったな」
「嘘、だ…ろ」

生き残りの覆面はカタカタと音が聴こえそうなほど震えていた。ゼパル女王は毅然とした態度で私の前に立ち、覆面を真っ直ぐ見据えていた。

「帝国の者よ」
「……」
「我はゼパル女王…お主に知らせたいことがある」
「…なんだ」
「ゼパルとヴァステルは古くから友好関係にある。ついでに今回、帝国が動くことを我々は知っていた。まさか要塞の国と知れていたヴァステルを強襲するとは思わなかったが…」

私はナイフを腕に食い込ませたまま後ろへ下がる。リオの隣に並び、成り行きを見守ることにした。たぶんゼパル女王は上手く事を運ぶだろう。信じて良いものか迷ったが、聡明なこの人なら信用に足ると考える。
…てか、痛い。

「単刀直入に言おう。帝国に爆弾を仕掛けた。ゼパルに攻めると予想していたからヴァステルの者が仕掛けに行ったが…そろそろ予定時刻か?まあそんなことも知らずに兵を寄越して城の警備を手薄にするのは…帝国も我らも愚かだったろうな」
「なっ!?嘘だ!!」
「そうだな…愚かだったのはお主らみたいだな」

ここまで話を聞いていたら、遠くで何か低い音が響いた。爆発音だろうか?覆面は後退りして首を振る。

「ちなみにゼパル軍がヴァステルに向かって、進軍しているのだが…今頃どうなっているかね?」
「!!」

つまり…ヴァステルを占拠した帝国はゼパル軍と交戦していて…ヴァステルにいる帝国はどのくらいの戦力か、精鋭である帝国騎士団は数が少ない。たぶんゼパル国が圧倒的優勢である。

「まあ、お主がここで我やヴァステル国の王女を殺めようとしても…伝説がここに居るわけであるしなあ…」
「…う」
「伝説って」

私はその伝説とやらで恐れるようなことは…してないとも言えない。覚えていないからだ。

もっとも、帝国爆破して占拠地を解放する為に進軍するなんて恐ろしいのはこのゼパル女王だろう。いい加減、激痛に伴う熱さでどうにかなりそう…だが

「「……」」

懐かしい感触。温かい左手。

よくわからないけど
隣で手を握ってくれる少女が居るから、大丈夫なのかなって無責任に考え直した。



結局、覆面たちは逃げた。特に追うほどの相手ではなかったからよかったのだろうか…しかし王家であるリオを殺そうと付きまとって来たのだから迷惑な話だ。
対する私とリオは、ゼパル女王に招かれて城内の応接間に通された。今後の指針を話し合うらしい。その前に私は左腕の治療を受けて、リオは真っ赤な鎧から真っ赤なドレスに着替えさせられていた。そういえば、赤はヴァステル国の象徴であると思い出す。忘れていた。

「ルカ」
「何でしょう?」
「…怒ってる?」
「………」

特に怒りの感情はない。でも、少しだけ気に入らないと思ったのだ。昨日の私ならそう思わないだろう。

「怒ってるならごめん…君にまた辛い目にあって欲しく無かったのに…」
「………"また"?」
「うん、伝説の傭兵って呼ばれてるでしょう?」
「覚えてないけど刺客30人から貴族を守ったとかの…」
「その貴族、私」
「…はい…?」

真紅のドレスを翻し、苦笑いの彼女。少しでも見惚れた私は馬鹿なのだろうな。

「君に助けられた」
「全然覚えてない」
「……ルカはその時、ボロボロになっちゃったの」
「?」

悲しげに苦しそうにリオは吐露する。ドレスの裾をそんなに握ったらくしゃくしゃになってしまうじゃないか

「ボロボロで…会えなくなっちゃって…」

悲惨だったから私に記憶が無いのか?懐かしい感じはしていたのは、過去に彼女と出会っていたから…?覚えていないのが悲しくなってきた。覚えていれば彼女を悲しませることは無かったかもしれない。

「でも、会えた」
「!」

彼女は私を見て少し笑顔を見せる。フワッと抱き締められた私は、振り払うこともせずされるがまま。彼女の謎の言動の理由がわかったからか、何だそんなことか…と体の力が抜けたのだろう。

「ごめん、また巻き込んで…でも会いたかったから…!」
「───っ」
「友達になりたかった…ううん、もっと仲良くなりたくて会えて嬉しくて…好きだから…」
「えっ」
「──あ」

衝撃的一言を頂いて、顔が真っ赤なリオ。私も負けずに赤いと思う。

「とととにかく!ルカの隣に居たいの!」

駄々っ子のようだと苦笑して左腕を見せる。

「───」
「この腕どうにかならないと、傭兵として雇ってもらえない」
「…うん」
「私も帝国に恨み買っちゃったみたいだし」
「………うん」
「報酬もまだみたいだし」
「ルカ?」
「過去に巻き込まれたらしいし、責任を取ってくれる?」
「…うん!!」

たぶん私にリオは、罪悪感を抱いているだろう。でも私は気にしていない。それにわからないことも多いけど、懐かしいな…と思う理由がわかった。それだけで十分な気がしたのだ。

「よーし!ヴァステル王国復興だー♪」
「ゼパル女王遅い」
「だ、だから言葉遣いは直そう!?」

彼女の隣に居れるように、戦う日々が始まるみたいだ…。そう、今度は離れたりしない。例えまた記憶が無くなったとしても…

いや、らしくないな。
でも考えるのが面倒だ。
今日だけは…浮かれていて良いと思う。そう自分に言い聞かせた。





「陛下、入らないのですか?」
「ふふ…若者は良いな…」
「盗み聞きは感心しません」
「戦う東洋の騎士、悲劇の紅蓮の王女…」
「無視しないで下さい」
「胸当ての刺繍、この辺では英雄の証だ」
「伝説の傭兵ですしね」
「二人が出会ったのは偶然だと思うか?」
「……さあ」
「必然だとするなら、ヴァステルに期待が持てそうだ」
「陛下、そろそろ」
「わかっている」





end



スペード @spadepengin



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