086 ワルツ





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 気付けばすっかり、マフラーの似合う季節になってしまった。
 コートを着込んで、しっかりとそれを首に巻き付けても、短く揃えた髪の毛のせいでどことなくうすら寒い。
 ネオンに照らされる街並みの中、あなたは私の半歩前を歩く。
 タンタンタン。
 足音が鳴り響く。
 タンタン、タンタン。
 私もそのあとを、少し早足で追いかける。
 自分の足が短いせいか、彼女の背が高いせいか、そのどちらでもあるからか。どうしてもリズムがズレてしまう。
 同じ拍子で歩いていると、いつの間にか一歩遅れてしまう。
 追い付きたいのに、並んでいたいのに、頭一つ分の差は中々埋められない。
 冷たい風が足の合間を吹きぬけて、寒くて体が震えてしまった。
「もう、年末ね」
 どこか、つまらなそうな声が降ってくる。
 見上げれば、いつもの眠たげな瞳で、彼女はビルの明かりを見つめている。
 そんな少女を、私も半歩後ろから見上げている。
 風にさらされ、栗色の髪がふらふらと揺れている。ちらちらと見える耳は冷たさで赤くなっていて、きっと自分の頬も、同じようになっているんだろう。
「早いね」
 毒にも薬にもならない、そんな相槌を打つ。
 もうすぐ二人があの高校に入学して、一年が経つ。でもその一年にはまだ三ヵ月もあって、本当にあっという間だったのか、まだまだこれからなのかは判別がつかない。
 わかるのは、世間はすっかり真冬になってしまって、これからクリスマスなんてものがやってくるということだけ。
 誰なんだろう、そういう日が、そういう人と一緒に過ごすそういう日だなんて決めたのは。
 私たちが生まれる前の、ずっと昔の知らない人たち。恨むまではいかないけれど、ただこの時代で高校生をやってる私たちは、それに流されていくしかない。
 今だって、ほら。駅前のおっきいビル群の中、色んなところでそんな浮かれた景色が広がり始めている。
 きらきら点滅するライト。
 赤と緑のデザインの看板。
 子どものころから聞いていた音楽。
 真っ白いひげをたくわえたおじいさん。
 昔は、その日がとても楽しみだった気がする。今だって、楽しみではあるんだと思う。
 だけど、なんでだろう。どこかそれらを見つめても、うまくその中に溶け込んでいけない。
 自分だけ浮いてしまっている気がする。
 隣に一緒に歩いてくれる人がいるのに、ひとりぼっちのような気がしてくる。
 もちろん、きっとそれは単なる錯覚なんだろう。
 なんてことはない、気のせい。
 ちょっと、急に世界が寒くなってしまって、体が震えてしまって、あったかいものが欲しいな、なんて思ってしまっただけ。
 家に帰ればいつもの自分みたいに、すぐに元気になるんだろう。
 そんな……、そんなふうにマフラーに顔をうずめてふわふわぼーっとしていたら、また彼女の一歩後ろに下がってしまっていた。
 少し、足を早めて、隣に並ぶ。
 雑踏を避けて、一緒に駅へ向かって歩いていく。
 今日はちょっと、二人で遊びにきただけ。デートなんてものじゃない。楽しかったけど、もうすぐ家に帰らないといけないのは、寂しいかもしれない。
 ゆらゆらと、すぐ隣の彼女の腕が揺れている。
 私も一緒に、ぷらぷら体を揺らしてついていく。
 そうして寒空の下、並んで歩いていく街中に、私は何度もそれを見る。
 二人の少女。
 自分と同じ歳か、それ以上か。きっとその子たちも、友達同士なんだろう。
 顔を見合わせ笑顔を浮かべる。
 それから、繋いだ手のひらにまた力を込める。

 ――ああ、仲がいいんだなぁ。

 思わず、そんなことを思う。思ってから、なんだか嫌な感覚がして、自分の手と手をこすり合わせる。
 そういえば、手袋をなくした。
 ちょっと前のことだけど、片方だけどこかに行ってしまったんだ。
 だから今は、寒くて冷たくたって精々ポケットに手を入れるくらいしかできない。

 ――どこまでできれば、仲が良いってことになるんだろう。

 もう、さっき見かけた二人組はどこかに行ってしまったけど、ちらちらと脳裏をかすめて吹き抜けていく。
 ああ、きっと。
 こんなことを考えている自分は、とんでもなくめんどくさい子なんだろう。
 私自身、めんどくさいのは嫌い。
 だから彼女も、同じようにめんどくさく思うだろう。
 こんな変なことで悩んでいるなんてわかったら、やっぱりとってもめんどくさそうな顔でため息を吐くに違いない。
「マシロ?」
 そうふいに呼ばれて、顔を上げたら、また随分あの子と距離が開いてしまっていた。
 むしろ、いつの間にか私は立ち止まっていたらしい。
「どうしたの?」
 なんて言いながら、近づいてくる。そうして目の前に立たれると、やっぱり背が高いなぁと思う。
「あ、うん。……ちょっと、寒いなーって思って」
 そんな、理由にもなってないような言葉しか出てこない。
 でもそう言ってから、それはホントのことかもしれないと思えた。
「そうね……」
 と彼女もマフラーの上から自分の顎に手をやる。今日は特に寒いわね、と白い息と一緒に言葉を吐きだした。
 それから、妙に長い沈黙。
「あ、カヨ」
 びっくりした。
 だからわたわたしながら、そう名前を呼ぶことしかできなくて。
 だって、急に、そう――。
「ほら、……帰ろ」
 そう言って、私の手を引きながら、彼女は歩き出す。
「う、うん」
 繋がれた部分が熱を持っている気がした。でも実際はまだまだ冷たくて、手を握ってくれた彼女の指先も温まってはいなくて。
 その感触を確かめるようにこすりあわせたら、同じように相手の指先も動いて、ちゃんと生きてる人がそこにいるんだなと、そんな当たり前の感想が浮かんできた。
 ぎゅっと握れば、ぎゅっと握り返してくれる。
 初めてこうして手を繋いだのに、それは当たり前かのように私に返ってくる。
「寒い、わね」
 そう言って、彼女はなんでもないような顔をしながら、鼻先をごしごしとこすっている。
 でもそれは、この人が照れくさいときにする仕草。
「そうだね、寒いよね」
 だから少しだけ、彼女の体に近づいた。
 さっきよりも、あったかくなった気がした。
 タンタン、タン。
 彼女は、たまにゆっくり歩を進める。
 タンタン、タンッ。
 私は、たまに歩を早く進める。
 不器用な三拍子を、お互い合わせて刻んでいく。
 今年のクリスマスは寒くなければいいなと、今の私なら、そう思うことができた。



 了



手を繋いだことのない友達と初めて手を繋ぐのって緊張しちゃうと思います。
@akatukistardust



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