083 柱時計





   蝶と私の奮闘記



○プロローグ

真っ暗な廊下を進んでいく。時間はそろそろ0時になろうとしている。普段ならばもう寝てしまっている時間だが今日は違う。私が登校してから少し経ってお婆さまが倒れたという連絡が入ったからだ。祖母とは両親が共働きでよく預けられていたこともあって仲が良かった。当然学校を早退して私はお屋敷に来た。
私が来てからも一向に目をあけることもなく時間だけが過ぎていった。ただ一言だけ、聞き取るのも大変なくらい静かな声で話したそのために私はここにいる。
「誰にも見られちゃいけないんだよね」
以前お婆さまに教えてもらった願い事が叶うというおまじない。こんなものにすがるのは正直どうかと思うが何かしていないと落ち着かなかった。これは自分のためなのかもしれない。
「0時におまじないを始めなくてはいけない。あとは……ロザリオを握らなければいけない」
うろ覚えであるがこんな感じだった気がする。普段の私から考えればこれだけ覚えているだけでほめてあげたいと思う。
「確かこれだけだったよね」
おまじないの確認をしながら目的の場所に向かっていく。私が昔から使っている部屋は二階にある。部屋を出て階段を下りた。ここからが問題だ。玄関に向かう廊下には両親とお婆さまの寝室がある。ここで部屋から出てこられたら隠れるところはない。当然歩みがゆっくりになってしまっていた。
(あ、やば。ちょっと間に合わないかも、もう少し早く出ればよかった)
できるだけ音を立てないように早足で進んでいく。これだけは遅れるわけにいかないから。
キィッ
床板が軋んで静寂に満ちた廊下に響く。普段であれば気にならないような音だけれど敏感になっている今はすごい大きな音のように聞こえる。隠れるところもないので私はその場でじっとして耳を澄ましてみる。
(誰も起きて…………なさそうか)
ほっと胸をなでおろすとすこし迷ったが時間がないのでもう一度早足で進むことにした。やっと玄関に繋がる廊下まできた。
(ここ曲がったら)
正面に大きな柱時計が見える。その文字盤には11時59分。秒針がカチカチと頂上を目指してどんどん上がっていく。
「まだ鐘は鳴ってか。良かった、何とか間に合ったよ」
私は片ひざを着くと持ってきたロザリオを両手で握り締める。そして正面を見る。
見上げる先の柱時計はこの屋敷ができた当初からあるという年代モノ。玄関から見えることもありお婆さまはお屋敷の顔だと言って非常に大切にされていた。確かに少し重々しい雰囲気を感じる。
ゴーン ゴーン
鐘の音が屋敷中に響く。部屋で過ごしているとあまり気にならないが目の前でなると屋敷中の空気が震えているのが分かる。
「お婆さま」
目を閉じると今朝から寝込んでしまっているお婆さまを思い浮かべる。
「お願いです。どうかお婆さまの願いを叶えてください」
一分ほどして鐘の音が止むと再び屋敷は静寂が広がっていった。私は音が止むのを確認してから顔を上げる。当然先ほどまでと何も変わらずそこには柱時計があるだけだった。
「これでお婆さまの会いたい方が見つかれば苦労ないよね」
緊張が解けたこともあってつい小言を言ってしまう。部屋に戻ろうとしたときだった。
『うぬの願いしかと聞き入れたぞ』
静寂を破るように声が聞こえた。お婆さまでも母でも父でもない。聞いたことがない声だった。
「え? 」
突然のことについ声を張り上げてしまう。運がいいことに今ので誰かが起きてくることはなかった。
「誰? 誰かいるの? 」
声を絞って話しかける。しかし返事は返ってこない。周りを見てみるけど人どころかネズミの影一つ見つけることはできない。
「さっきの声は空耳……じゃないよね。あんなにはっきり聞こえたし。気持ち悪いし早く部屋に帰ろう」
気を取り直して部屋に帰ろうとしたときだった。突然誰かに手とつかまれる。
「きゃー」
あんな体験のあとで叫ばずにはいられなかった。振り向くと自分の手の先には白くすらっと伸びた腕があった。時計から伸びるきれいな腕だった。
私はそこで気を失った。


○6:00

体を刺すような冷たさの中暖かい声が聞こえていた。
「−−−−−−−ぶ? 」
最初はよく分からなかったけれどどうやら私に声をかけているようだ。時折今度は私の体をそっと揺すってくる。声はどこか懐かしさを感じさせる、そんな声だった。
ぼーっとした意識で目を少し開くとまぶしい光の中に人影が見える。声の感じからしておそらく女性だ。大人しい感じがするが言葉の一つ一つが凛としている。すごく心地のいい声だった。
「大丈夫? 目が覚めたのね」
眩しさには慣れたがまだうまく焦点を定まらないが私が目を開けたのを確認したらしい。
「今、人を呼んできますから。少し待っていてね」
そういうとすぐにどこかに行ってしまう。それからすぐに人を連れてきてくれると私を抱え、どこか室内に運んでいってくれる。
(私どうしたんだっけ? まだぼーってしてるな)
少しずつはっきりしてきたので辺りを見渡してみる。おそらく客間だろうと思われる部屋に連れて行かれるとベットに寝かされる。見覚えのある部屋だった。
(ここはお屋敷かな? ところどころ違う気もするけどよく似てる)
「今何か飲み物でも用意してくるから」
「ありがとうございます」
私の返事をうれしそうに聞くと部屋を出て行く。
(あれ? 私なにしてるんだっけ? )
記憶を辿っていく。まだ頭が重い感じがするが少しずつ行っていく。
「お婆さまが体調崩されて−−−−−−−−。私は柱時計でおまじないを−−」
そこで私の意識が覚醒する。
(そうだ、私。突然声が聞こえて、それで誰もいなくて。その後急に手をつかまれて−−)
「ここはどこ? 」
『うぬ、まだ聞こえんのか? 』
突然声が聞こえてくる。あの時聞いたのと同じ声だった。
「誰? どこにいるの? 」
『やっと聞こえるようになったか。それと名を聞くのならばまずは名乗るのが礼儀と言うのもじゃろ。これだから小娘は好かん』
辺りを見回してもあの時と同様、人の姿はない。
「私は大口 胡蝶。これでいいんでしょ? 姿を見せなよ」
『良かろう。わしは何だ……時計じゃ。時計の精じゃ。名はない。』
(はぁ、何わけの分からないこと言ってるの? )
一羽の蝶がひらひらと飛んでくる。黒地に金色の見たこともない美しい蝶だった
「きれい」
『そうじゃろ、うぬでもそれくらいはわかるようじゃな。わしは優美で雄大じゃからの。この姿はわしにふさわしい』
「ちょ、蝶が話してる? 」
『蝶ではない。時計の精じゃ。うぬの願いを叶えてやったのじゃぞ』
「願い? 私の? 」
『そうじゃ。リツの願いを叶えてくれとゆうたではないか』
「リツ? もしかいて立花お婆さま? 」
『そうじゃ。そうでなければうぬのような小娘の前になど現れるか』
ノックの音が聞こえてくる。
「はい」
扉が開かれて女性がお茶を持って入ってくる。
「気がついたのね。あら? 一人? 話し声が聞こえたような」
「そうですか? もしかしたらひとり言言っていたかな。恥ずかしい」
「そう。それより体は大丈夫? 」
「はい。大丈夫です。助かりました」
「驚いたのよ。カーテンを開けたら庭にあなたが倒れているのだもの。でも何ともなくて本当に良かったわ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「私は長津田 六花よ。あなたのお名前は? 」
「え? 」
(長津田 立花ってお婆さまの名前だよね。うん、間違いない。それに確かに面影がある)
「どうかしたの? 」
「いえ、何でも。私は大口 胡蝶です」
(何で? お婆さまが。それにこんなに若いなんて。どういこと? )
『それはあた−−』
「あー」
私はつい大きな声を出してしまった。
「どうされたの? 」
「いえ、その。喉の調子をみたくて。大声を出して……すいません」
今にも顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった。
「胡蝶さんは不思議な方ね。それだけ元気があれば食事も大丈夫そうね。今用意させるから」
「すいません。ありがとうございます」
立花は再び部屋から出て行く。
「何してんの? いきなり声を出したら驚かれるでしょ」
『問題ない。わしの姿を見られるのも、声が聞こえるのもうぬだけだからのぉ』
「そうなんだ。それよりここはどこ?」
『それはよく知っておるだろう。屋敷じゃ』
「そうじゃなくって。お婆さまは若いし、いろいろ分からないことだらけだよ。ちゃんと説明して」
『良かろう。じゃがその前にリツは誰に会いたいとゆうたのだ? 』
「かおるだったかな、ちゃんとは聞こえなかったんだけどね。それで年賀状とか調べたけどそんな人いなくて」 
『やはりのう。かおるとはリツが学生時代に付き合っていたものの名だ。しかし卒業式でリツは約束を破ってしもうた。それ以降会えずじまいというわけじゃ。まぁ、間違いなかろう』
「そんな……。そんなの寂しいじゃん。」
『そうじゃ、あっておるのだから問題ないではないか。それで今日はそのリツの卒業式じゃ。』
「え? 」
『うぬ、話を聞いておったか? 今日リツにかおるとの約束を守らせれば良いのだ』
「ちょっと待って。ここ過去なの? それにここであってるか確証ないのに来たの? 」
『そうじゃ、さっきの話を聞けば分かるじゃろ。それにあっておるのだから問題なかろう』
「いや、ありえないでしょ。タイムスリップだよ」
『そんなことはどうでも良い。それよりどうやって約束を守らせるかじゃ。あのリツが破ってしもうたと言うことはきっと何かがあったに違いない』
「そんなことって。めちゃくちゃ重要だよ」
『リツが戻ってくるぞ』
ノックの音とともに扉が開かれる。
「胡蝶さん起きれるかしら? まだ辛いようでしたらこちらに運ばせますけど? 」
「大丈夫です。行きます」
「じゃあ、案内するわね」
(確かにお屋敷だ。ところどころ違うところがあるけれどよく知っている場所だった)
「胡蝶さんというは奇遇ね。名前が私と似てるわ」
「それは? 」
「ええ、立花は雪の異称。胡蝶は蝶の異称でしょ。こんなこともあるものなのね」
「確かにそうですね」
(それはそうだよね、孫だし)
食堂に入るともう一人女性がいた。
「もう、体のかげんはよろしいの? 」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「それは良かった。私は立花の母の木花です。よろしくね」
「私は大口胡蝶です。本日はご迷惑をおかけしました」
「そんなこと気にしなくていいのよ。立花と同じ学校ですし、やっぱり食事は大人数のほうが賑やかで楽しいわ」
「はい。ありがとうございます」
(ひいお婆さまも素敵な方ですね)
次々に料理が運ばれてくる。どれもすごくおいしくってすぐ食べてしまう。
「胡蝶さん、気にせずお替りもしてね」
「いえ、申し訳ありません。おいしくってつい」
「いいのよ。こんなにおいしそうに食べてもらったら料理に携わった方はみんな幸せになるわ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
結局二回もお替りしてしまった。
立花と一緒に登校することになった
(お婆さまと一緒に登校すると言うのはすごく不思議な感じ)
「おはようございます。お姉さま」
校門に差し掛かったところで突然後ろから声が聞こえる。隣のお婆さまは振り向きながら挨拶をする。
「おはよう、薫。」
その名前に反応して私は振り向く。するとそこには一人の女性が立っていた。私と同じくらいの身長で髪はおかっぱにしている。しかし不思議と幼さは感じない。きっと普段の顔は可愛いのだろう。顔には不機嫌そうな表情を浮かべていた。完全に私を敵視していた。
「はじめまして、大口 胡蝶です」
「長津田 薫です。はじめてお会いしますね」
「は、はい」
すごい威圧を放ちながら会話が進んでいく。その横でお婆さまはニコニコしているだけだった。
『彼女が薫じゃ。しっかり仲良くしておくのだぞ』
「そんなこと言われても」
(さっきからずっとにらまれてるんだけど)
「胡蝶さんはお姉さまとはどういったお知り合いですの? 」
「そ、それは……」
「薫、そんなに質問しては駄目よ。胡蝶さんは今日庭に倒れていたのよ。それで元気になったようだから一緒に登校しているのよ」
「お姉さま、申し訳ありません」
顔を上げるときに横目で私をもう一度にらむ。
「薫も胡蝶さんと仲良くしてね」
「はい、分かりました」
(これって世に言う邪魔者だよね。二人の時間に割り込んでる感じだし)
「立花さん、私は用事を思い出しましたわ。これで失礼させていただきます。本日はありがとうございました」
私は逃げるようにその場を立ち去った。当然のことながら教室のない私は暇をもてあましていた。


○10:00

今日が卒業式なので校舎にいても問題がないのがせめてもの救いだった。
「まさか薫さんが女性だったとは思わなかったよ」
『女子校というところでは普通ではないのか? 』
「いや、いないとは言わないけどやっぱり珍しいと思うよ」
『そうなのか? 少なくともこの時代では一つのステータスであったがな』
「そうなんだ」
(そんなの小説の中の話だと思っていたよ)
『それでどうするのじゃ? 』
「どうするって? 」
『うぬは約束の詳細も知らずにどうやって約束を守らせるのじゃ』
「それは…………」
『今後は良く考えてから行動することじゃな』
「それなら何かいい案を出してよ」
『そんなの決まっておろう』
「ホントに。どうするの? 」
『ふふ、よく聞け…………スパイじゃ』
「は? 」
『うぬは若いくせに耳が悪いのぉ』
「スパイって何すんの?」
『そりゃどちらかに付いてまわって約束とやらを調べるしかないじゃろ』
「簡単に言うけど普通そんなことしてたらバレるからね」
『おれはうぬ次第じゃな』
「別に今日じゃなくてもいいじゃん。改めて会って謝ればすむんじゃん。そっちの方が確実だよ」
『うぬは今日の18時までしかこっちにおらんぞ』
「何でそんな重要なこと言わないの? 」
『いや、厳密に言えばそれまでに帰らなければ帰れなくなると言うのが正しいの』
「よけい重要だよ。仕方ないやるか」
私は卒業式が行われている講堂へ向かう。


○12:30

ここに着いてからすでに二時間近くがたってやっと卒業生たちが出てきた。
「すっかり体冷えちゃったよ」
『無駄口を叩いてないでちゃんと見よ。ここで見逃すわけにはゆかぬぞ』
「はーい」
(確かにここで見失ったら何しにきたか分からないからね)
続々と卒業生が出てくるがお婆さまの姿はなかった。結局卒業生の列のほとんど終わる頃にその姿を見つけた。
「あっ、いた」
『よし、では後をつけるぞ』
「うん」
周りの生徒や教諭に気がつかれないように追いかける。卒業生はそれぞれの教室に戻るようだ。
「どうしよう。ここはさすがに隠れるとこなんてないよ」
三年生は最上階だったのでとりあえず屋上に向かう階段を上がって踊り場から様子を見ることにする。
『なかなかスパイっぽくなってきたではないか』
「楽しんでないでよ。っていうか飛んでいって様子とか見て来れないの? 」
『うむ、できるぞ。そもそもそんなことせずともある程度の距離であればりつの気配は感じられる』
「それなら偵察をしてきてよ」
『うぬの下働きなどもってのほかじゃ。それにそもそもうぬからあまり離れられないらしい』
「世の中そう簡単にいかないね」
ホームルームは十分もせず終わり次々に生徒が出てくる。談笑をしていたり、分かれる悲しんでいたりさまざまな表情で溢れている。
「お婆さまは? 」
『もうすぐこちらに来るぞ』
「よし、私たちも行こう」
卒業生の流れに混ざりながら姿を探す。
「どこ? 」
『前じゃ』
「了解」
姿を求めて前に進もうとするが中々前に進めない。
「仕方ない」
一回列から離れると列とは反対側に向かう
『おい、何をしている』
「こっちに階段があるのそっちから先回りしよう。あれを見れば大体の行き先は分かる」
窓の外には卒業生を一目会おうとたくさんの生徒が待っていた
「あの中から探すのは大変だから、頼りにしてるからね」
『ふん。まぁ、りつのためだ。良かろう』
(もう少し素直だったら可愛いのにね)
誰も見ていないことを確認すると一気に駆ける。廊下を走ったことが教諭にバレればどんな説教が待っているかは身をもって体験しているのでつい癖が出てしまう。その後無事に誰にも見つからずに校庭まで来ることができた。
「まだ校舎の中だよね? 」
『あぁ、小娘にしては良い機転であったな』
「よーし、探すか」
『ん? まだ来ておらんぞ』
「そっちじゃない、薫さんをだよ」
人ごみの中を歩きながら薫を探す。しかしそれにしても人数が多い。一向にその姿を見つけることができない。
『おい、出てきたぞ』
「どこ? 」
振り向くとすごい人溜りが目に入る。
「もしかしてあれ? 」
『そうじゃ。さすがリツと言ったところじゃな』
(お婆さまって何者なの? どれだけ人気なのよ、もう)
嬉しいような嫌なような複雑か感情を浮かべながらその集団に近づいていく。やはり近づけば近づくほど人がどんどん入り乱れていき押し返されてしまう。近づくどころかその姿を見ることも叶わない。
「これじゃ、埒が明かないよ」
そんな時、大きな笛の音が響く。ここにいた全員がいっせいにそちらを見る。そこには小柄の女の子がいた。まっすぐに切られた前髪。黒縁のメガネ。同じクラスだったら間違いなく学級委員長をしている、そんな子だった。
「みなさん、長津田先輩はこれから生徒会の集まりに参加していただきます。皆さんは一度解散してください」
みんな納得がいかないといった表情をしているが散り散りになっていく。
「これじゃ、近づくのは無理だね」
辺りを見渡してみるが薫の姿も見えない。
『やっぱりあの後約束をしてしまったのではないか? 』
「そうかもしれないけど……。分かってる、とりあえず後をつければいいんでしょ」


○16:30

生徒会では簡単な送別会をしていた。生徒会室には専用のキッチンがあって紅茶やケーキなどが用意されていた。
「あー、いいな」
『無駄口を叩くな。もう時間はないぞ』
(確かに私に残された時間はあと1時間半しかない)
ようやく終わるようで花束を持った学生がドアを開けた。
「先輩、卒業されても頑張ってください」
さっきのはきはきした感じとは異なりどうにか泣くのを堪えているという感じだった。
「あなたがこれから学園を見ていくと思ったら安心して卒業できるわ。あとはよろしくお願いね」
お婆さまは優しく頭に触れる。そうするとついに堪えきれず泣き出してしまう。それを周りの生徒が支える。それを見たお婆さまは満足したように教室を後にした。
『これからたぶん会いに行くぞ』
「そうだね。大丈夫人もいないし見失ったりしないよ」
お婆さまは校門とは逆の方向に向かう。学校もほとんど今と変わらない配置だった。校門から奥はほとんどが森でその中にある建物は一つだけだった。
「こっちは……教会か。きっとそこで会うんだよ」
『そうか、よしあとはうまくいかせるだけだな』
そんな時だった行く先に一つの人影が現れる。
「立花、探したぞ」
「お兄様。どうされたのですか? 」
(お婆さま兄弟なんていたんだ)
「迎えに来たに決まってるだろ。もうお客様も来てるのに帰ってこないから。お父様がお怒りだぞ」
「申し訳ありませんでした。校門で少しお待ちください。すぐ行きますので」
「いや、もう行くぞ」
腕をつかんで強引にひっぱて行こうとする。
『これじゃ。これのせいでりつは約束を守れなかったんじゃ』
考えるよりも先に体が動いていた。
「ちょっと、あんた。そんなに嫌がってるのに何やってんの」
「胡蝶さん? 」
「部外者はだまっていろ。ほら速く行くぞ」
「いいじゃない。少しくらい。兄弟だからってやっていいこととダメなことあるでしょ」
「うるさい」
この騒ぎを聞きつけた教諭が集まってきてしまう。
「ちょうどいい。申し分かりませんがこの生徒がうちの立花に付きまとっているようなのでどうにかしてくださいませんか」
それを聞いた教諭は一斉に私を止めに入る。
「ちょっと、やめて。今大事なときなんだから」
しかし抵抗もむなしく私は押さえつけられてしまい、お婆さまは連れて行かれてしまう。


○17:30

私はお婆さまのお屋敷の前にいた。
あの後教諭たちに捕まって生徒指導室に連れて行かれた。そこには今と同じ怖いシスターが待ち構えていた。私は体調が悪くなった振りをして保健室に連れていかれる途中でどうにか逃げ出すことができた。
『どうするんだい? 』
「決まってるじゃん。お婆さまに会う。ごちゃごちゃに巻き込まれたせいでもうほとんど時間がないからね」
(そうは言ったものの正面突破は不可能にきつい。友人と言っても通してもらえないだろう)
「ここからどこにいるか分からないの? 」
『分からん。じゃがおそらく部屋じゃ。少なくともあの時はそうじゃった』
「信じるからね」
屋敷の裏手に回るとそこから塀を飛び越える。そして見つからないように今日倒れていた場所に向かう。
「ここが見える部屋は……あれかな? 」
それと思う窓に石を投げてみる。
(これじゃドラマかマンガだよ)
一つ目、二つ目の窓は全く反応がなかった。
「ねぇ、もう少し細かく分からないの」
『おおよその場所しか分からん』
「仕方ない」
三つ目の窓めがけて石を投げる。その音に反応して開かれる。そこからは目を赤く晴らしたお婆さまの姿が現れる。
「胡蝶さん。先ほどは大丈夫だった? 」
「そんなことはどうでもいいから行こう。薫さん待ってるんでしょ」
「何でそのこと。……でも無理よ。ここから出られるわけない」
「そんなこと言っていいの。薫さんはすごい大切なんでしょ」
「当たり前じゃない。でも、でも」
あんなにきれいなお婆さまの顔が悲しみでどんどん光を失っていく。
「何かできないかな」
何か方法を考えるがいまいち思いつかない。
「そうだ。少し待っていて」
お婆さまが姿を引っ込めると少しして現れる。
「これを」
何かをこちらに投げる。受け取るとそれは手紙だった。
「もうずいぶん約束の時間を過ぎているからいないかもしれないけどお願いできるかしら」
「もちろん。教会でいいんでしょ? 」
「ええ、そうよ。でも何で−−」
お婆さまの言葉を聞き終わる前に私は飛び出していた。自分に残された時間もほとんどない。一分一秒がおしかった。
『間に合うのか?』
「間に合わせて見せる。だから18時になったら私を元の世界に戻して」
『その言葉忘れるなよ』
自分でも不思議なくらい体が軽かった。息は上がっているのに苦しさは感じないし、足の疲労もなくどこまでも走れるような気がした。
(間に合って)
一心不乱に教会を目指す。どんどん暗くなっていく日の光が着々とタイムリミットに近づいていることを物語っている。
「見えてきた」
私はさらにスピードを上げて扉に飛び込みながら出せるだけの大きな声で叫ぶ。
「これ、手紙」
その瞬間私の意識はなくなった。

○エピローグ

気がついたら私はベットの上にいた。
「どうなった?」
しかし声は返ってこない。
「そうか意識が途切れたってことは戻ってきたのか」
とりあえずお婆さまの様子を見に行く。
相変わらず静かに眠っている。
そんな時チャイムがなる。私は玄関に向かう。
「どちらさまでしょうか? 」
「淵野辺です。淵野辺薫です」
(え? もしかして)
扉を開けると雰囲気は変わっているがやっぱりあの薫だった。
「立花さんはいらしゃる? 」
「今寝込んでいまして。どうぞ」
私は薫をお婆さまの寝室に通す。
「お姉さま。お姉さま、目を覚ましてください」
それは私でも目を疑うような光景だった。昨日は一度も目を開けなかったお婆さまが目を開けたのだ。
「あら、薫。いらしゃい」
「お姉さま、お加減はいかがですか? 」
「すごく長く寝ていたわ。すごい夢を見たの。あなたにずっと会えない夢。あまりにも良くできていたから現実かと思ったわ」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
私は急いで両親に知らせてからお茶の用意をする。
「失礼します。お茶を持ってきました」
「ありがとう。そうだ、紹介するわね。孫の胡蝶よ」
「はじめまして、大口 胡蝶です」
(はじめましてじゃないけどね)
「はい。はじめまして、淵野辺 薫です」
薫はお茶を一口含むともう一度胡蝶を見る。じーっと観察するように。
「私の顔に何かついていますか? 」
「あぁ、ごめんなさい。始めてあったはずなのに懐かしい感じがして、不思議ね」
「あら薫もなの。私もなのよ。この子が生まれたのを見たときに胡蝶って名前が自然に出てきたのよ」
「昔あった誰かに似てるのか知れないですよ。私はこれで失礼しますね。用があったら呼んでください」
私は寝室を後にした。
(覚えてるってことあるんだ。これはさすがに予想外だったよ)
私はそのまま柱時計の前に向かう。
「ありがとう。結構大変だったけど願いかなったよ」
14時を告げる鐘が屋敷に響いた。



年齢高めの百合を書こうと思ったのですが気がついたらそんなことはなくなってしまっていました。残念でなりません。あんまり深く考えずキーワードを選んでしまいましたが逆に楽しめました。
やひ @yahi_yuri



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