075 メテオ



左手の手袋の意味を考えてみる。
右手はの手袋を外すのは論外。
単純に冬が温かくなるだけであれば、地球温暖化に全力で貢献してやろうかと思うくらい。
そうなると手袋というのは神様からの授かりものと言っても過言じゃないとまで思う。
でも、でも左手は違う。
ヒーさんが握ってくれているのであれば、それだけで温かいと感じられる。
この温かさが世界中に伝われば、きっと世の中ももう少しは温かくなるはず。
だから、手が触れ合うのを邪魔するこの布切れが疎ましくて思えて仕方がない。
そんなことを考えみているけど、広がる夜空は一向に変化をみせてくれない。
アパートの屋上で、流れるはずの星を待つ。
かれこれ20分はこうしてると思う。
もう足とか肩とか冷え切ってしまって、どうしようもなく寒い。
こたつが恋しい……。
「ゆち大丈夫?」
「ヒーさんと一緒だからいいけど大丈夫じゃない」
私がどれだけ寒さが苦手か知ってるくせに。
それに受験勉強だってあるんだし。
早く戻りたいのが本音。
でも。
「でも、なんで急に?」
「ん? ゆちと星が見たくて」
「それはさっき聞きいたって。 なんで急に?」
「綺麗なものは好きな人と一緒にみたいでしょ?」
「そうじゃなくってさー。 なんで今日なのってこと」
「今日はね、流星群がやってくる日なんだよ。 たくさん落ちてくれば願い事もしやすいかなって思ったんだよ」
流星群……今日なのか。
それは知らなかった。
「ヒーさんは何を願うの?」
「んー。 ゆちとずっと一緒に……なんていうのは平凡すぎるから……。 次に流星群が来る日まで、一緒にいられますようにって」
「それを繰り返すの? ヒーさんらしいね」
「ふふ。 ゆちは?」
私か。
そもそも今日が流星群なんて初耳だったからね、願い事なんて考えてなかった。
「それじゃ便乗して、次にこんなことがあるときまでヒーさんの願いが叶いますように。 なんて祈ろうかな」
「なんかややこしいね」
そうかな?
けど一緒にいられるならそれでいいよ。
結局のところそれが私の願いでもあるし。
「ゆちゆち、そういえば受験のことは願わなくていいの? 受験生なら優先するんじゃない?」
「それをヒーさんが言う? 連れ出してるくせに」
「それは……ごめんね」
「いいけどさ。 結局、受験もヒーさんとの暮らしのためでしょ。 なら願い事はおんなじ」
「ならいっか」
私は……私は、家出の身である。
ある一件からヒーさんの家に上がり込んで、その暮らしている。
ヒーさんとの生活も両親に認められているわけでない。
勝手にしろと言われたから勝手にしている。
でもヒーさんの家と家族の家はそこまで距離があるわけでもない。
連絡先も知っているどころか、たまにバイト先にも現れたりする。
用もないコンビニに現れるくらいだし、一応心配はされてるのだ。
帰ってこいと言われているあたり認めていない。
が、連れ戻しに来ないあたり黙認しているという感じなのか。
当然高校にはヒーさんの家――この小さなアパート――から通っている。
学校にはバレていない。
それまたある一件から友達ももういない。
少し気にしてくれている人もいるが、こっちから無視している。
後悔だけはしていない。
これだけは断言できる。
くだらなく、退屈で、つまらなく、中途半端な毎日を送るよりもずっと幸せだ。
私は今に満足している。
ヒーさんを見ていると世の中金が全てじゃない、なんていう綺麗事は本当なんだなとつくづく思う。
世間体ばかりの家族や、金持ちの媚びる同級生なんてうんざりだ。
今ならそれらはない。
あるのはヒーさんの安月給だけだ。
「この安月給め」
「なんで急にそんなこと言うの!? 否定はしないけど! 高校生にもバイトさせるだめな大人だけど!」
ヒーさんはだめなんかじゃないよ。
だめなのは私。
「そうでしょ?」
「うぅ……精進します」
きっと。
きっと言わなかったところを言えば、ヒーさんは涙を流して私を抱きしめてくれるだろう。
そんなところが好き。
ただの事務員のくせに。
安月給のくせに。
私なんてお荷物まで抱えて。
私がやるって言っても家事までこなして。
休日は休むどころかいつも連れ出してくれて。
抜けてるくせに気遣いは忘れなくて。
そんなところが大好きだよ。
「……ねぇ。」
「なに?」
「本当に私なんかでいいの? ヒーさんならもっといい人が……」
言えなかった。
言わせてくれなかった。
この口の塞ぎ方は他人に見られたらまずいな。
「なに? ゆちは私の幸せを奪うつもりなの? それともゆちは私のことが嫌いなの? 私の幸せはあなた。 今が幸せなのになんでそんな不幸な話するの?」
ヒーさんがこんなに必死に話してるのを見るのは初めてかも。
「そんな話。 ゆちにそんなこと言われると、ちょっと辛いからもうしないで欲しいな。 本当にゆちといれて幸せなんだから」
こんなこと言われたの初めて。
「ゆちはどう思ってるか知らないけど、救われてるのは私の方なんだよ? ゆちがいるから頑張れるんだから。 ……こんな、こんな嫌な話は金輪際しないって約束して」
私は、本当に愛されてるんだな。
「わかった」
瞬間。
また、キスされた。
「いまのはわかってくれたご褒美ね」
いまのはちょっと嬉しかった。
愛されてるって感じがして。
「さっきのはなに?」
「さっきの? ……は、知らない」
「なにそれ」
「だって手で押さえるのは嫌でしょ?」
「ヒーさんになら別になにされてもいいけど」
「えー。 なにそれ」
「気遣って口でって、誰にでもそうしてるの?」
「そんなわけないでしょ」
二人で笑い合う。
本当に幸せ。
こんな毎日はずっと続くのが正しい。
そのための願い事だ。
だから願わないといけない。
こうしてるだけじゃ願う機会もない。
「ねぇヒーさん」
「こんどはなに?」
「さっき調べたけど、流星群今日じゃないよ。 日にちは同じだけどこれ何年も前」
スマフォの画面を見せる。
もしかしてと思ったけどそうだった。
きっとネットサーフィンでもしてたときに偶然見かけたんだろう。
よく読みもしないで。
そのまま今日だと思い込んで。
ヒーさんらしい。
「ほ、ほんとだ。 それじゃこのまま待ってても……。」
「来ないね」
「そんなー……」
「仕方ないからヒーさん、神社に願い事しに行こうよ」
「いいの?」
「いつも連れ出されるし、もう慣れっこだよ」
「ありがとね」
「あ、でもちょっと寒すぎるから一回戻って上着とってこよ」
「その上にまだ着るの!? 動きにくくない?」
「運動するわけじゃないんだからいいよ」
「そう」

そして屋上を後に。
最上階の階段横だからすぐに着く。
けど。
見当たらない。
私のコート。
「こんな狭い部屋なのに見当たらないってどうゆうこと!?」
「しらないよそんなこと」
クローゼットの中。
洗濯物の下。
ベッドの下。
ない。
どこにも。
今度はキッチンを探そうとしたけど、その前に。
「あのね」
ヒーさんが静かに話し出す。
「さっきの話だけど」
「うん」
「ほんとにゆちと暮らせて幸せなんだよ」
「うん」
「あの日、あの日あのとき私に声をかけてくれたのも。 私が帰ってきて笑顔で迎えてくれるのも。 朝かならず起こしてくれるのも。 私の散歩にかならずついてきてくれて。」
「うん」
 「私が笑いかけると大好きな笑顔を返してくれるのはゆちだけなんだから。 だから、ただの私のわがままだけど。 ……ずっとずっと隣にいてね」
さっきのは。
私があんなこと軽々しく言ったのは本当に嫌だったんだ。
疑うわけじゃないけど嬉しい。
そこまで愛してくれて。
「……うん」
「それと」
「うん」
「コートあったよ」
「そこで言う?」
「ごめんね」

二人で外を覗いてみる。
さっきは考えてなかったけど、こんな夜遅くに学生が外出しているのが見つかるとさすがにまずい。
ヒーさんも同じことを思ったのか考えている様子。
その時。
まさにその時だった。
星が一つだけ、夜の海を流れた。
「あ」
「見た?」
「うん」
「流れたね」
「うん」
きっと、この一筋の光のために今夜はあったんだと、そう思えた。
「綺麗だったね」
「うん。 特別」
「そうだね。 いまのは二人の流れ星だね」
「間違いないよ」
その一瞬の光はどうしようもなく綺麗だった。
それは間違いない。
二人の流れ星。
ヒーさんがそう言った。
なら尚更。
「どうする?」
コートは見つかったけど……星も見つかった。
「今日はもういっか」
「そうだね。 神社へは明日行こう」
「昼のうちにね」
また二人で笑い合う。
幸せな時間。
「そういえばヒーさん願い事はできたの?」
「そんな暇なかったでしょ」
「そういえばさっきは金輪際この話しないって約束させたくせにすぐに話したね」
「あれは……違うよ」
「もうそれでいいよ」
また笑い合う。
そんな風にやり取りを続ける。
これからもずっと。
それが願いで、祈りで、今で、未来。
「それでいいよね」
突然の言葉にヒーさんはまた首を捻ってるけど。
頷いてくれたから、私もそれでいい。



 ええと……。
まずはありがとうございました。
いつもの皆さんと読んでくれたあなたと企画主のがとーしょこらさんに、精一杯の感謝を送ります。
わかる人にはわかる話ですが、当初と大きくかわっちゃってます。
あれから一回頭をリセットして書きました。
頭を空っぽにして書いたら案外あっさりかけちゃいました。

一応書いとくとこのお話の設定もろもろは
こちら→ http://privatter.net/p/106877

年の差を書くというのは決まった(?)時から星川銀座四丁目が浮かんだり。
ちなみにアパートの屋上というアイディアは1巻の表紙からです。
雨月迷子 @yanma_rate



ツイート

作品リストに戻る