062 隣町



 訪問客は、いつも突然やってくる。
「ふうちゃん、りんちゃん、ひっさしぶりっ♪」
横浜から舞い戻ってきた私の従妹、かのこは満面の笑みで我が家に来襲した。
彼女とは、私と姉のふうかと三人で、昔はよく一緒に遊んでいたものだ。
ここ数年は、かのこが横浜に行ってしまったこともあり、以前よりは交流も少なくなってしまった。
本来なら感動のご対面!というシチュエーションなのだろう。
が、残念ながら私は感情を身体じゅうで表現できるタイプではないし、再会相手が一人ばかし足りていない。
「もぅりんちゃんてば、ちょっとはこう、ムード作ってくれてもいいんじゃない。可愛い従妹がこうして帰ってきたんだし。で、ふうちゃんは?」
「お姉はひと月前からひとり暮らし満喫中、て言ってなかったっけ」
 姉の住所と連絡先をさっと書き記したメモを手渡す。
「え、何それ。聞いてないよぅ」
かのこは寝耳に水といった様子で、思いっきり膨れっ面をしている。
「だって、かのとはここんところ連絡とれてなかったじゃない」
「いやーそれはねぇ、ちょっとばっかし事情がねぇ・・」
 都合が悪くなると視線を逸らすクセ、全然直っていないや。
「でもでも、そういうりんちゃんは、ふうちゃんと離れ離れになっちゃって寂しくない?」
「離れたって会いには行ける距離だし。それにもう私、シスコンは卒業したから」
 我ながらその発言にどこか違和感を覚えたが、その場は押し切ることにした。
「ふーん、・・てことね」
 私がその言葉尻を捉えるより早く、かのこは颯爽と飛び出ていってしまった。
「早速ふうちゃんトコに挨拶行ってくるから、お邪魔しました!ふうちゃんの居場所教えてくれてアリガト♪」と言い残し。


 そもそも姉が実家を出て隣町で一人暮らしを始めたきっかけは、彼女が通う大学の近くだから。
というのは建前であって、本当のところは妹である私と一旦距離を置くことが目的だったのだろう。
私たち姉妹は、少しばかり仲が良すぎたのだ。
姉と離れた当初は、胸にぽっかりと大穴の空いた心地だった。
いや、それは今も変わらない。
隣町なのだからすぐに逢えるといえども、産まれてから毎日顔を合わせてきた存在が傍に居ないんだし。
ハッキリ言おう、私はシスコンだ。
さらに言えば、私はそれ以上にずっとずっと姉を愛しく想ってきた。
けれども、姉は私を、家族以上の感情では見ていなかったハズ・・。
「違う、それを知ってしまうことから、私が逃げていたんだ」
ひとりごちて、夕食を済ませる。
今日のメニューはふわとろ卵で包んだデミグラオムライス。
我ながら美味しく出来たもんだが、姉が大学に通うまではふたりで一緒にご飯作ったりもしていたっけ。
そんな思い出に浸りかけたとき、仕事を終えて母が帰宅した。
「あら、そろそろかのちゃん来るって聞いてたけど」
「かのならさっきまで居て、もう帰ったよ」
「なんだ、久しぶりに顔が見れるなぁと思って早めに切り上げてきたのに。融通きかせてもうちょっと引きとめておきなさいよ」
仕事の疲れもあるのだろう、カリカリした口調で怒られてしまった。
また来てもらうように言っておくから、とその場を取り繕い、自室に戻る。

―――よし、決めた―――


翌朝。
昨日のかのこの反応も気になるし、自分でいい加減我慢の限界が近づいてきた。
こうなったら姉に直接、この気持ちを聞いてもらうしかない。
姉の暮らしているアパートは、実家の最寄り駅から4駅離れた隣町にある。
一時間に一本あるかないかの電車に乗り込んだので、約束の時間よりちょっとばかり早めに到着。
チャイムを鳴らすまでもなく、玄関の鍵が空いていることに気づく。
このご時世に物騒だなぁ。
おじゃまします、と室内に入るなり、その真正面に佇む姉と私の目と目が合う。
そして、姉と仲睦まじそうに手を握り合っているのは・・かのこ?
その時、私の頭は軽く噴火を起こした。


「りん、ゴメン」
「なんでお姉が謝るのさ」
私は怒号を発したあと、柄でもなく涙まで流してしまったようだ。
ひさしぶりに姉とふたりっきりの時間。
かのこはといえば、「ちょっと長居しちゃったし、姉妹の憩いに水を差しちゃ悪いから撤退するね」とその場をそそくさ退散してしまった。
ここしばらく姉と離れていた時間をまとめて取り戻すかのように、日が暮れるまで言葉をぶつけあった。
もちろん、私の姉に対する想いもすべて。
「りんのこと大事すぎて、あのまま一緒に暮らしてたら、いつかタガが外れちゃいそうで・・おかしいよね、こんな姉ちゃんで」
 苦笑しながら、それでもしっかりと聞かされた、姉の私に対するホントの気持ち。
「私だって、お姉のことずっと好きなのに。勝手に一人暮らしなんか始めちゃてさ」
「あんたがこうして想いを伝えるためわざわざ来てくれたのに、あたしだけ逃げちゃって卑怯だったね。うん、りんのこともうずっと離さない。って、あらためて言うとなんか照れちゃうわ」
「ん、とっても嬉しい。私こそ、お姉のこと・・」
幼い頃そうし合っていたように、温もりを確かめながら姉と抱き合う。
まるでお互いがひとつの身体になってしまったようだ。
家族だから、それも姉妹だから、という関係が、私の自制心をどこかで縛っていたのか。
しかしいったい、かのこのことはどう思っているのだろう。
「でもさ、浮気してたよね。かのと」
甘い余韻に顔が熱くなりながら、ジト目で私が問い質す。
「浮気?ってあー、あんたまさか、あたしとかのが付き合ってるとでも思った?」
火照った表情でカラカラ笑いながら、そう言う姉。
「そこ笑うところじゃないし!」
「いやだってさ、さっきはかのがここに来るまでの間に指先冷えちゃった寒いぃ〜て煩いから、こうやって温めてあげてただけよ」
 と、私の手のひらを包み込む。
あ〜、なんだろう。
脱力したと思ったら、心のうちに抑え込んでいた何かがふっきれたこの感じ。
でもこれは、ようやく次のステップの始まりなのだ。


ちょうど冬が訪れた頃、11月29日に私は誕生日を迎えた。
「17歳になった今日から、お姉のお世話になるんで。不束者ですが、よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待って」
「もうお母さんたちの同意はゲット済みです。学校にもここから十分通えるし」
世間的に言うならば、私は押しかけ女房か。
「大家さんに確認もとったからさ。あ、でも他にも準備があるか」
「もー勝手なんだから。まぁでも、あんたのそういうトコ、昔っから嫌いじゃないよ。誕生日おめでとう、こっちこそ末永くよろしく」
 私と姉の笑い声が、ハーモニーを奏でるように部屋じゅう響き渡った。


―了―



もっとも近くて実は遠い存在。その距離を埋めるには、ちょっとしたきっかけが必要なのかも。
おこげ @okoge_



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