青い空、響く歓声、照りつける太陽、流れ落ちる汗。
暑い。
そもそもどうして半日もかけて甲子園の応援なんてこなきゃいけないのか。
バスのシートが固くてうまく寝れなかったし、もうやってられない。
隣の真由に「ちょっと休んでくる」と伝え、先生にはそれらしい理由をつけて応援席を離れた。
観戦に夢中らしく一つ返事で助かったけど、ちゃんと聞いていたのか怪しい。
サボってるところを他の子に見つかるのも面倒なので、休めそうなところを探しながら歩いた。
直射日光からは逃れられたものの、さすがは8月、蒸し暑い。
支給された応援タオルで気休め程度に扇いでいると、自販機の前に呆然と立ち尽くしている女の子がいた。
肩までまっすぐ伸びた髪に制服姿。
「えーと、どうしたんですか?」
「……、コーラ飲みたかったのに……」
うつむきながら話すその手にはコーラではなく烏龍茶が握られている。
「コーラ押したのにこれが出てきて……。 しかも高いし」
自販機に目を向けると、その辺の自販機より高かった。
観光地でよくある値段設定だ。
「あ、ちょっと待っててね」
私も以前に何度か似たような体験をしたことがある。
だとしたら。
自販機から彼女が持っている烏龍茶を探して、ボタンを押す。
ガダコン。
よかった、予想通り。
「それと交換しませんか?」
出てきたコーラを差し出す。
彼女が切り揃えられた前髪を揺らして顔を上げ、きょとんとした表情を私に向けた。
うわぁ、綺麗な子……。
「え、いいの?」
「うん、そのために買ったから」
「ほんと? ありがとっ」
普段は烏龍茶なんて飲まないんだけど、その無邪気な笑顔の前には些細なことだった。
「あ、そういえばその制服、対戦相手の」
彼女はコーラのキャップを開けながら言った。
炭酸の抜ける音とコーラの甘い香り。
「え、対戦相手?」
「うん、スクリーンに映ってたよー」
どうやら彼女は対戦相手の生徒だったらしい。
白い夏用のセーラー服に目を落とす。
暑くてスクリーンもあまり見てなかったけど、彼女の着ている制服はかすかに見覚えがあるような。
そんなことを思っていると彼女がコーラを勢いよく飲み始めた。
は?
一瞬にしてペットボトルの半分が彼女の体内に飲み込まれていった。
いくら暑いといっても炭酸一気飲みはつらくない?
「はー、やっぱり暑いときはコーラだよねー」
「う、うん」
あっけに取られながら生返事。
「この辺歩いてるってことは君もサボりでしょ? そこのベンチ座ろ?」
「ということはそちっも?」
「そ」
彼女の悪戯っぽい微笑みを横目に見つつ、ちょっと時代を感じさせるベンチに腰を下ろして烏龍茶口に含む。
香ばしい仄かな甘味のあとに広がる粉薬のような苦さ。
冷たさが心地いい。
彼女がまた一気にコーラを飲み干すと、表情をころころと変えながら話し出した。
私と同じように深夜にバスに乗ってきたけど意外とぐっすり眠れたこと、本当は見たかったドラマがあったこと、甲子園応援への愚痴、彼女が軽音楽部で幽霊部員をやっていること、球場にきて気づいたことや驚いたこと。
私はちびちびと烏龍茶を飲みながら相槌を打って聞いたり、一緒に愚痴ったりした。
ドラマは私も好きな作品で、周りにはあまり見ている子がいなかったこともあって少し盛り上がった。
結構時間経っちゃったかな、とぼんやり考えていると振動音がした。
私のケータイではなく、彼女のケータイのバイブが鳴っていた。
彼女はケータイを取ると電話の相手と二三言交わして切った。
「あ、そろそろ戻って来いって。 ごめんね、コーラとそれ交換してくれたうえに付き合わせちゃって」
「ううん いい気晴らしになったし」
「こちらこそ 楽しかった」
彼女はさっと立ち上がり、応援席へ足を向けた。
そして上半身だけ振り返って。
「じゃあねっ」
微笑みながら腕を振る彼女。
「うん、ばいばいっ」
私も立ち上がって腕を振り返す。
彼女の姿が見えなくなると私も急いで応援席へと戻った。
席へ戻ると真由が私に連絡してくれようとしていた。
簡単に理由を説明するといつも通りあっさりとした反応が返ってくる。
得点板を見るとどうしようもなく負けていて、真由に言われて応援しているうちにそのまま負けて終わってしまった。
野球部は可哀そうだなと思いながらも、ほっとして帰りのバスへ向かった。
翌日から、ぽつぽつと彼女の顔を思い浮かべるようになった。
名前も知らない、少し話しただけの彼女のことを。
数日後、彼女の高校の試合を見てみたけど時折映る応援席に姿は見つけられなかった。
1週間もするとぼんやりとうまく思い出せなくなった。
試しにあの烏龍茶をコンビニで見つけて買って飲んでみると、またはっきりと彼女の姿が浮かんだ。
甘さのあとに広がる苦さで、ああ、こんな感じに笑う子だった、悪戯っぽく澄んだ声だったと思い出す。
また、一口烏龍茶を口に含んだ。
苦い。
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