042 お隣さん



 お隣の綴姉が帰ってくるのを待っている時は、綴姉の家のコンポタを犬小屋から連れ出してきて待つのが日課だ。そうすると、綴姉は、コンポタごと私を抱きしめてくれるから。 コンポタと一緒じゃないと抱きしめてくれないのが、なんだか癪ではあるけど。
 ゴールデンレトリバーのコンポタは、なかなかに賢く、私が近づくと勝手に玄関を開けて出てきた。そして、私の隣にストンと座る。私はその後ろに座り込み、コンポタの前に腕を回して、家の前の道を一人と一匹で見る。そしてただ、綴姉が学校から帰ってくるのを待つ。
 綴姉と初めて会ったのは、四年前のことだ。私が小学校から帰ってきた時、となりのおばさんと話している美人さんがいた。あんまりにも美人なので、びっくりしてその場で立ち尽くしてると、私に気づいたおばさんが、私を彼女に紹介してくれた。それを聞いた彼女が、へぇとつぶやき、腰をおろして私に視線をあわせてくれた。
「はじめまして、鈴野綴です。よろしくね」
 名前の通り、鈴を鳴らしたみたいに綺麗な声。その一声で私は、彼女に惚れていた。
 それからと言うものの、綴姉が家を出る時間に合わせて私も一緒に出て、偶然を装って一緒に登校したり、綴姉の学校の校門で待ち伏せたり。いろいろやった。
その成果もあり、今では綴姉の方が私に時間を合わせてくれることも多い。
でも、そうじゃないんだよな。と、コンポタの頭に顎を乗せて思う。
どうも、気持ちが通じてないというか。
綴り姉は私の事を、仲がいい妹とか、忠犬とか、そんな風に見てるんじゃないだろうかと思う。
 そういう風に思うのは、まぁ、いろいろある。
 たとえば、友達の家に遊びにいっていつもより帰りが遅くなって、夕日が落ちてすっかり辺りが真っ暗になった時、お母さんよりも、なぜか待ちかまえてた綴姉がひどく怒ったり。
 誕生日に、なんだか首輪みたいなアクセサリー(チョーカーというらしい)をくれて、後日、それが苦しくて外してたら、それはもう、大変怒られたり。
 こうやって待ってると、よくできましたって言って、ご褒美のお菓子くれたり(それは大体、綴姉の好きな、手作りのクッキーや名前も知らない綺麗な洋菓子だ。私はどちらかというと、お饅頭や煎餅が好きな和菓子派なので、少しそれが不満だったりする)
 とにかく、私は綴姉に、恋人、あるいは気持ちが通じなくても、私が綴姉に恋してるって思われたいのに。
 鈍感綴姉め。
 独り言を呟いてたら、コンポタがペロリと、頭の上に乗ってた私の頭をどかして鼻をなめてくれた。
 コンポタは、いい子だ。時々、コンポタになれたらな、って思う。
 犬の一生は、人間の数倍早いらしい。犬の一年は、人間の五年とかなんとかって聞く。
それでも、綴姉に愛されて飼われるなら。きっと嬉しいことや楽しいことも数倍多くあるから。それは、とてもとても幸せだと思う。
 そんな、私らしくない物思いにふけってると、コンポタが鼻をなめるのをやめて、ワンと、一声鳴いた。
 耳を澄ませば、綴姉の原付のエンジン音がする。
顔をあげれば、ひらひらと片手を振る綴姉がみるみる内に近づいてくる。その瞬間が、私は一日で一番幸せだ。
 まぁ、妹でもいっかと思う。犬でもまぁいいや。
 いつかこの、溢れ出るしあわせが、綴姉に通じればいいや。



ほえるー @hoeru_



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