―私とあの子をつなぐのは。 「ねえ星川、宿題写さしてよ!」 「うん、いいよ」 『今回のテスト、平均九十点以上取ったのは、星川だけだ!皆も星川に負けずに精進するんだぞ!』 中間テストの点を、勝手な先生に公開されてから。 この、海棠秋という女の子は、私に宿題を写させてくれとせがんでくるようになった。 『ねえ、星川さんって頭いいんでしょ?悪いんだけど、宿題……写させてくれたりしない?』 ―もともと人とコミュニケーションを取るのが苦手な方、見た目も地味、おまけに一般の女子高生が夢中になるアイドルやらファッションに魅力を感じない私は、当然の如く友達ができなかった。 休み時間は流行りの文学を読み、昼休みになれば、教室の中になど興味は無いと言わんばかりに窓のほうに机を向けてお弁当を食べ、下校のチャイムが鳴れば、無駄のない動きで鞄に教科書類を詰めて一目散に教室を出る。 とにかくあの、「私達とっても仲良し〜」なオーラが常に漂っている教室は私のような人種には居辛い。 こんなことをしているが故に、「星川さんは1人のほうが好きなんだ」「そっとしておいてあげよう、1人にしてあげよう」というような取り決めがクラスの女子の間では成されたらしいのだ(ちなみに今述べた「条文」は、私個人の尊厳のためにオブラートに包んだ表現をしてある)。 ……こんな自分が辛くなるだけの状況分析はそろそろやめて本題に戻ろう。さてそんな状況にも関わらず、なぜか海棠秋は、「宿題を写させてくれ」と、その時だけは私に頼んでくる。 『いやぁ、今日数学あるの忘れててさぁ』 『実は今日……ノート家に置いて来ちゃったんだよね!お願いします!』 『ねぇ、日本史の宿題写さして!あれめんどくさくってさぁ』 『今日も忘れちゃった〜。よろしく!』 ……こんな感じで、最近はどんどんエスカレートしている。 頻度も、最初は数日に一回程度だったものが、今やほぼ毎日。宿題が出ている日は必ずと言っていいほど来る。 かといって、別段他の話をするわけでもない。沈黙は気まずかったのか、最初はいくつか質問もされたが― 『ねえ、部活って何か入ってる?』 『帰宅部だけど』 『好きなアイドルとかいる?私はハリケーンの四ノ宮君とか〜』 『普段テレビ見ないからわからない』 『髪長くてキレイだよね!シャンプー何使ってるの?』 『気にしたことなかった。親が買ってくるやつ使ってる』 こんな調子で、共通の話題が無く、すぐに会話が終わっていたので、諦めたのか、今はもうほとんどコンタクトもなくただ宿題を写すだけになった。 コンタクト、といえば、たまに作業中に目が合うことがあるが、速攻で目を逸らされる。私の顔って見るに耐えないほどひどいんだろうか。 「よし終わった!ありがとう!」 「うん」 ぐだぐだ考えているうちに、今日の宿題写しタイムは終了。 広げていたノートやプリントのうち、一時間目の国語以外のものをそそくさと片付ける、その途中にも、思考は止まらない。 普通は、いいように利用されているのだから、腹立たしく思うところなのだろう。ついでに言えば、本来自力でやらねばならない宿題をズルして提出する片棒を担いでいるわけで、要するに共犯者にされていて、バレれば私だってタダでは済まないだろうという予測もつく。 では、それでも海棠秋に宿題を見せるのを拒むことができないのはなぜなのか、ということを考える。別に、断ったら〆られそうとか、そういうわけではない、海棠秋は(おそらくだが)そういうタイプの人間ではないように思う。 既に両手の指で足りないくらいの回数考えたこの命題について、やっぱりひとつの結論に至る。恐怖しているというのはあながち間違いではない。 「こんな根暗で人付き合いのできない私を、それでも必要としてくれるのは、彼女だけだから」。「断ったら、もう来なくなるかもしれない。そうすれば私は、本当にひとりぼっちだから」。 私は、きっと自分で思っているよりは寂しがりなんだろうな。そう理解して、一時間目の予鈴が鳴るのをぼんやりと聴いた。 * 「えー明日から夏休みだな!夏バテしないように、体調管理はしっかりしろよ!それと、お前らが休みだからって遊びすぎないように、たっぷり夏休みの宿題を出しておいた!」 その発言でにわかに起こるブーイング。私は勉強は嫌いではないが、やらなければならないことが多い、というのは正直面倒臭い。 それに、さすがの海棠秋でも、夏休みの宿題まで写させろと言い出すことも無いだろうし、 とそこまで考えたところで、違和感を覚えた。夏休みの宿題が多いのは嫌だということに対する理屈において、なぜ海棠秋の名前が出てくるのか。 単なる連想なら納得だが、私の脳は、それまでの流れからすんなりと海棠秋の話に繋げたと主張している。いや、正しいのか?でも何で? 「ねえ!星川!」 「はいっ!?」 「ぷっ、どうしたの、変な声上げて」 笑われてしまった。どうしたの、と聞かれて「あなたの事を考えていました」なんてこっ恥ずかしいセリフを言うわけにもいかない。 「い、いや、別に」 海棠秋はまだ笑っている。そういえば、彼女が可笑しそうに笑うのを見るのは初めてかもしれない。私と違って、可愛らしい笑顔だ。 「まーいいや。ちょっと相談があるんだけどさ」 「相、談?」 「うん。あのさ、夏休みの宿題、一緒にやらない?」 ……………。 「……はい?」 「おじゃましまーす!家の人に挨拶とかしとかなくていいかな?」 「うち、共働きだから……」 「そうなんだ?」 なぜ、こんなことになっているのか? 『いやほら、夏休みの宿題だとさ、終わってから見せてもらうのにも限度があるっしょ?星川が終わってから提出日までに写しきれるとも思えないし、そもそも写すとかいう問題じゃない宿題もあるし。自由研究とかさ』 『それに、私もちょっとまずいかな〜なんて思ってたんだよね。ずっと写してばっかじゃやっぱり学力低下、赤点まっしぐら!みたいな?』 『そこで、写すんじゃなくて、教えてもらえばいいじゃん!と思いついたわけ!真面目になったと思わない?』 興奮して紅潮した顔で一気にまくしたてられて、臆病な私が断れるはずもなく。仕方なく、毎週平日のうち2日は宿題をする会を開くことになってしまった。 そのあと、彼女は普段仲良くしているクラスメイトたちから何か誘われていたようだが、あんまり都合が良くないとかそんなようなことを言って断っていたみたいだ。その直後クラスメイトたちが一瞬私のほうを見て嫌な顔をしたときに、承諾してしまったことを非常に後悔した。 「星川の部屋、見事に素っ気ないねー」 「素っ気ないに、見事も何も無いと思うんだけど……」 あれ、ていうか、けなされてるんだろうか? 「うわー、難しそうな本がいっぱい」 「あ、小物、キーホルダーとか可愛いのもあるじゃん。なんで学校にはつけてこないの?」 「ベッドが見当たらないけど、布団派なの?」 内心悲鳴をあげたい。自分の部屋をじろじろと観察されて質問攻めにあうとか、恥ずかしいにも程がある。 「……そんなことはどうでもいいでしょっ。海…棠さん、は、宿題をしにきたんじゃなかったの」 必死に小さな抗議のようなものを絞り出してみた。 沈黙。 海棠秋は目を大きく開き、こっちを見つめている。 まずい。しくじったか。怒らせたか。 なにかひどい仕打ちをされるかもしれない。現在シカトで済んでるところが、夏休み明けたら積極的なイジメに発展するとかか。怖すぎる。 「いや、まあいきなり色々聞いたのは悪かったよ。でも、宿題しにきただけ、って素っ気ないにもほどがあるでしょ。……その言い方、私が来るのが嫌みたいじゃん」 へ? 謝罪の言葉が出てきたということはひとまず安心……か? でも海棠秋は拗ねたような顔をしている。 ということは機嫌を損ねたのは間違いないらしい。 でもなんで? 「えっ……と、だって別に、私と友達って感じでも、ないんでしょ、海棠さんは。私が宿題を写させてくれるから都合が良いだけで」 「私は」 急に言葉を遮られる。 「少なくとも、私は友達になれたんだと、思ってたんだけどな?」 え?友達?本当か。マジなのか。ちょっと待って。とりあえず、怒っているようでもあり今にも泣き出しそうでもあるような女の子の表情とか、見たこと無いし、対策も知らない。いや、ともかく呆けるのはまずい。頑張って神妙な面持ちを作らなくては。 「……あのさ、星川。普通、特に興味も無い相手に対して飽きもせずしつこく絡んだりすると思う?」 彼女の口から、ちょっとしたため息の後に出てきたのはそんな言葉だった。 「え、それは、その」 「多分知らないだろうけどさ、私結構他の友達から色々言われたりしたんだよ?星川と関わるなんて変、とかさ。ヤな感じだよね」 「でも、それでも、私は星川と友達になりたかったの」 全くわけがわからない。きらびやかなクラスメイトたちとの関係をないがしろにしてまで、なんで私と? 「そんな、私なんかとどうして……」 「それは―」 ―それは、あの中間テスト発表の日、眼鏡を外して物憂げに空を見るその表情が、あまりにも綺麗だったから― 海棠秋は「それは」と発した口のまましばらく何かを逡巡していたかと思うと、飲み込むように口をつぐんだ。 次の発話に備えて、私は身構えたが― 「……ごめん。色々いっぺんに言い過ぎたよね。気分悪くさせちゃったと思うし、今日は私帰るわ」 「えっ」 この流れで突然帰るってどういうことなんだ。あ、よく見ると顔が赤い。もしかして、風邪でもひいてるんだろうか。 荷物をまとめる海棠秋のことを、私はただ見ていることしかできなかった。 そして彼女は部屋の扉に手をかけて、おもむろに振り向いた。 「ねえ、どうして私が星川と友達になりたいと思ったのか、次のときまでに考えておいてよ。私からの、宿題。もし解けなかったら、次から星川のこと、下の名前の『瑠璃』で呼ぶから。じゃ、またね」 そんなセリフと、悪戯っぽい笑顔を残して、海棠秋は私の部屋を後にした。 しばらく座ったまま呆けた後、なんとか気を取り直して、海棠秋が出した『宿題』について考え始める。 こんなに難しい宿題は初めてだ。それに、冷房は効かせてあるのに、なんだか顔が熱くて、頭がぼーっとする。彼女から、風邪か、それとも別の何かを、うつされてしまったのかもしれない。 〈FIN〉
元々、小説みたいなものを書いておいてから漫画描くつもりでやってたんですけど、某艦船擬人化ゲームやら某4つつなげて消すゲームやらの期間限定イベントを回していたら描く時間が無くなっていました……あ、小説として投稿するにあたってちゃんと加筆推敲はしました。頑張りました。 ここから作品の痛々しいうらばなしを語る枠です。 作中の二人の名前について、主人公の星川瑠璃はボリジという花から名前をとりました。形が星形で、和名を瑠璃萵苣というそうです。花言葉は「鈍感」。 対する海棠秋は、秋海棠という花からですね。まんまひっくり返しただけです。花言葉は「片想い」。 要するに鈍感で被害妄想気味なテンプレ文学少女(?)に恋をしてしまった女の子の話を書きたかったということ、なのでしょうか(自分でもよくわかってないんです、「宿題」というお題を見たときにスッと浮かんできたので)。そしてなぜかアイデア練ってる間に、気づいたらメインが秋ちゃんから瑠璃ちゃんに変わってました。行き当たりばったりすぎ。 あと、作者も課題をやらないほうなので、よく友達の家に行って教えてもらったりするんですが、結局それは口実で誰かと遊びたいだけだったりすることも多いんですよね。そんな背景があったりします。 しかし、読み返してみるとあんまり百合濃度が高い作品にはなりませんでしたかね……精進します…… ちなみにこの作品、漫画にすることを諦めたわけではないので、もしかしたら漫画版がpixivとかに載るかもしれません。もし万が一気に入っていただけたら、のぞいて見ていただければと思います。1か月後くらいに。ただしクオリティは保証しませんw ついでに、TwitterIDも載せておきますが、音ゲーの話を中心に基本的にゲームの話しかしてないのであんまり推奨しません() ではこのへんで。ありがとうございました!ここなつている @tailtaling pixiv |