おじいちゃんの家の縁側には、風鈴が飾ってある。
そのことに気付いたのは、去年の冬のことだった。
祖父「まゆちゃんや、何を見ているんじゃ?」
まゆ「これ」
祖父「風鈴? 風鈴がどうかしたかい?」
まゆ「どうして冬なのに、風鈴があるの?」
祖父「ふぉっふぉっ、これにはのぅ、ふかぁいワケがあるんじゃ」
まゆ「ワケ?」
祖父「そうじゃ。 それを話すのは、また別の日にな」
まゆ「ふぅん……」
わたしは、この風鈴の音色を聞いたことがない。
鳴らないのだ。
うちわで扇いでみても、紐がそよぐだけで、音が鳴らない。
壊れてるのかな、と思っていた。
──────────────────────────
まゆ「あーづーいー……」
縁側に、仰向けに寝そべる。
夏の昼下がり。
空は真っ青に透きとおり、セミが鳴き、暑い風が吹き、季節を感じさせる日だ。
祖父「まゆちゃんや、スイカ食べるかい?」
まゆ「たべるっ!」
夏休みに入り、おじいちゃんの家に遊びに来ている。
おじいちゃんは優しくて、面白い。
祖父「ほれ、どうぞ」
まゆ「わあい、ありがとう!」
祖父「ふぉっふぉっふぉ。 さて、ワシは『これ』でもしに行くかのぅ」
おじいちゃんが、ゴルフのスウィングのようなモーションをとった。
まゆ「ゲートボール?」
祖父「そうじゃそうじゃ。 まゆちゃんも来るかい?」
まゆ「んー……わたしはいいかなぁ」
祖父「そうかいそうかい。 じゃ、良い子にしてるんじゃぞ?」
まゆ「はーい。 いってらっしゃーい」
ゲートボールの道具を片手に、おじいちゃんが出かけていった。
まゆ「ふいー、あっついなぁ……はむ」
おじいちゃんが切ってくれたスイカにかぶりつく。
まゆ「んく……つめたい」
いい感じに冷えていた。
まゆ「暇だなぁ……」
夏休みの宿題はある。
けど、まだやらなくていいかな。
まゆ「あ……すずしー」
さっきの暑苦しい風とは違う、爽やかな風が吹いた。
まゆ「……ん?」
聞きなれない音が聞こえる。
縁側の上の方。
まゆ「……風鈴?」
上を見ると、風鈴が風でたなびき、涼しげな音を立てていた。
まゆ「壊れてなかったんだ……」
そう思うと、謎が浮かび上がってくる。
なんで、うちわで扇いだ時には鳴らなかったんだろう。
風は届いてたはずなのになぁ。
まゆ「……ヘンな風鈴」
そう呟くと。
「……あ」
まゆ「へ?」
庭の茂みから、女の子が現れた。
──────────────────────────
「……」
まゆ「……」
お互いに訝しげな表情で、お互いを観察する。
誰、この子。
迷子かな?
「……だれ?」
まゆ「えっと……そっちこそ、だれ?」
「あたし、ナツ」
まゆ「ナツ……ちゃん」
ナツ「あなたは?」
まゆ「……わたしは、まゆ」
ナツ「まゆちゃん」
ナツちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。
ナツ「まゆちゃん、知ってる!」
まゆ「え?」
ナツ「おじーちゃんのおはなしに、よくでてくるもん!」
わたしより、幾分か幼い様子のナツちゃん。
とてとてと歩いてきて、わたしの隣に座った。
夏の香りがした。
まゆ「おじいちゃんのお話……?」
ナツ「うん!」
そう元気よく答えたあと。
ナツ「……」
ナツちゃんは、わたしの手にあるスイカを見つめた。
まゆ「……食べる?」
ナツ「うん!」
元気よく頷いて。
まゆ「んとね、そこのテーブルの上に……」
ナツ「はむっ」
まゆ「!?」
わたしの手にあるスイカにかぶりついた。
ナツ「むぐ……んー、おいひー!」
まゆ「……」
呆気にとられて、固まる。
わたしの、食べかけのスイカが……。
ナツ「スイカ、すき?」
まゆ「……あ、うん」
唐突に尋ねられて、我に返る。
ナツ「あたしも、だいすき! なつといえば、スイカだよね!」
まゆ「うん!」
微笑み合う。
初めて会ってびっくりしたけど、この子とは仲良くなれそうな気がする。
──────────────────────────
ナツ「……あ」
まゆ「どうしたの?」
ナツ「そろそろ、かえらなきゃ」
まゆ「え……」
しばらくお話していたら、突然の宣告が。
まゆ「また、会える?」
ナツ「まゆちゃんが、ここにいればね」
まゆ「?」
ナツ「えへへ、じゃ、またね!」
最後ににっこりと笑って、また茂みの中に入っていった。
涼しげな、風鈴の音と共に。
祖父「ただいまぁ」
まゆ「あ、おかえりなさーい!」
おじいちゃんが帰ってきた。
なんとなく、ナツちゃんのことは言わなかった。
──────────────────────────
翌日。
再び、縁側でのんびりしていた。
まゆ「ふわあぁ……」
ひとつ、あくびをする。
まゆ「……ん」
昨日と同じ、爽やかな風が、頬をくすぐった。
風鈴の涼しげな音が鳴り響く。
まゆ「あ」
ナツ「あ、やっほー!」
茂みから、ナツちゃんが現れた。
ナツ「また、会えたね!」
まゆ「うん!」
再び、ナツちゃんに会えた。
素直に、嬉しい。
まゆ「ねね、ナツちゃんナツちゃん」
ナツ「なあに?」
まゆ「ナツちゃんってさ、この辺に住んでるの?」
ナツ「ううん、ちがうよ」
まゆ「どこに住んでるの?」
ナツ「うーん……とおいところ、かなあ」
まゆ「あははっ、なにそれー」
ナツ「とにかく、とおいところなのー!」
祖父「なにか楽しそうな声がすると思えば……ナツちゃんじゃないかい?」
おじいちゃんが、階段を下りてやってきた。
ナツ「あ、おじーちゃん!」
祖父「久しぶりじゃのう」
ナツ「えへへ、またあそびにきちゃった!」
祖父「そうかいそうかい。 まゆちゃんと仲良くな」
ナツ「もちろん、もうなかよしだもん! ねー」
にっこりと笑いかけてきた。
わたしも笑い返して。
まゆ「うん! 仲良しだよ!」
ナツ「えへへー」
祖父「ふぉっふぉっふぉ、そいつぁ結構なことじゃ」
ふがふがと笑いながら、おじいちゃんがスイカを切る。
祖父「スイカ、食べるじゃろ?」
ナツ「うんっ!」
──────────────────────────
ナツ「あ……そろそろ、帰らなきゃ」
ひとしきり遊んだあと、ナツちゃんが呟いた。
まゆ「……また、会える?」
ナツ「まゆちゃんが……ここにいてくれたら」
まゆ「……いるよ、絶対」
ナツ「……うん」
ナツちゃんが微笑んだ。
ナツ「それなら、またあえるよ」
ちりん、と風鈴が鳴った。
ナツちゃんは、音もなく消えた。
まゆ「…………おじいちゃん」
祖父「なんじゃ?」
まゆ「ナツちゃんって……」
祖父「ふぉっふぉっふぉ。 安心せい、オバケじゃないぞ」
まゆ「よかった……」
祖父「ナツちゃんはのぅ、神様なんじゃ」
まゆ「かっ……か、神様?」
祖父「そうじゃ。 四季の神のうちの、夏の神様なんじゃ」
まゆ「夏の、神様……」
祖父「ふぉっふぉっふぉ。 まあ、すぐには信じられまい」
まゆ「信じるよ」
祖父「ほう?」
まゆ「だって今……目の前で、消えちゃったもん」
祖父「おお、そうじゃったなぁ」
まゆ「ニンゲンには、できないもんね」
祖父「そうじゃのう……」
まゆ「ね、ナツちゃんは、どこに住んでるの?」
祖父「きっと、神様の世界じゃよ」
まゆ「どうして、この家に来るのかな?」
祖父「さあ……神様は気まぐれじゃからのぅ」
まゆ「いつから来たの?」
祖父「二年ほど前、だったかな?」
まゆ「そっか……」
二年も前から、ナツちゃんはこの家に来てたんだ。
どうして、ナツちゃんはこの家に来たんだろう。
祖父「もしかしたら……友達が、欲しかったのかもしれんのぅ」
まゆ「友だち……」
初めて会ったとき。
わたしの名前を教えたとき。
ナツちゃんは、嬉しそうな顔をしていた。
まゆ「わたし……友達に、なってあげられてるのかな?」
祖父「うん?」
まゆ「ナツちゃんにとって、わたしは……ちゃんと、友達になれてるのかな」
祖父「心配いらんよ」
まゆ「んぅ」
おじいちゃんが、わたしの頭に手を乗せた。
祖父「ワシから見ても、ふたりは仲良し、じゃ」
まゆ「……えへへ」
──────────────────────────
今日もまた、縁側に座る。
セミの鳴き声が響き渡る。
まゆ「……」
今日も、会えるかな。
ナツちゃんは会えるって言ってたけど、ほんとに会えるかどうかはわからない。
おじいちゃん曰く、神様は気まぐれだから。
まゆ「ん……」
心地いい風が吹いた。
風鈴が、鳴った。
ナツ「まーゆちゃん♪」
まゆ「ナツちゃん!」
今日もまた、茂みからナツちゃんが現れた。
作品リストに戻る