014 風鈴



おじいちゃんの家の縁側には、風鈴が飾ってある。
そのことに気付いたのは、去年の冬のことだった。




祖父「まゆちゃんや、何を見ているんじゃ?」

まゆ「これ」

祖父「風鈴? 風鈴がどうかしたかい?」

まゆ「どうして冬なのに、風鈴があるの?」

祖父「ふぉっふぉっ、これにはのぅ、ふかぁいワケがあるんじゃ」

まゆ「ワケ?」

祖父「そうじゃ。 それを話すのは、また別の日にな」

まゆ「ふぅん……」




わたしは、この風鈴の音色を聞いたことがない。
鳴らないのだ。
うちわで扇いでみても、紐がそよぐだけで、音が鳴らない。
壊れてるのかな、と思っていた。




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まゆ「あーづーいー……」




縁側に、仰向けに寝そべる。
夏の昼下がり。
空は真っ青に透きとおり、セミが鳴き、暑い風が吹き、季節を感じさせる日だ。




祖父「まゆちゃんや、スイカ食べるかい?」

まゆ「たべるっ!」




夏休みに入り、おじいちゃんの家に遊びに来ている。
おじいちゃんは優しくて、面白い。




祖父「ほれ、どうぞ」

まゆ「わあい、ありがとう!」

祖父「ふぉっふぉっふぉ。 さて、ワシは『これ』でもしに行くかのぅ」




おじいちゃんが、ゴルフのスウィングのようなモーションをとった。




まゆ「ゲートボール?」

祖父「そうじゃそうじゃ。 まゆちゃんも来るかい?」

まゆ「んー……わたしはいいかなぁ」

祖父「そうかいそうかい。 じゃ、良い子にしてるんじゃぞ?」

まゆ「はーい。 いってらっしゃーい」




ゲートボールの道具を片手に、おじいちゃんが出かけていった。




まゆ「ふいー、あっついなぁ……はむ」




おじいちゃんが切ってくれたスイカにかぶりつく。




まゆ「んく……つめたい」




いい感じに冷えていた。




まゆ「暇だなぁ……」




夏休みの宿題はある。
けど、まだやらなくていいかな。




まゆ「あ……すずしー」




さっきの暑苦しい風とは違う、爽やかな風が吹いた。




まゆ「……ん?」




聞きなれない音が聞こえる。
縁側の上の方。




まゆ「……風鈴?」




上を見ると、風鈴が風でたなびき、涼しげな音を立てていた。




まゆ「壊れてなかったんだ……」




そう思うと、謎が浮かび上がってくる。
なんで、うちわで扇いだ時には鳴らなかったんだろう。
風は届いてたはずなのになぁ。




まゆ「……ヘンな風鈴」




そう呟くと。




「……あ」

まゆ「へ?」




庭の茂みから、女の子が現れた。




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「……」

まゆ「……」




お互いに訝しげな表情で、お互いを観察する。
誰、この子。 
迷子かな?




「……だれ?」

まゆ「えっと……そっちこそ、だれ?」

「あたし、ナツ」

まゆ「ナツ……ちゃん」

ナツ「あなたは?」

まゆ「……わたしは、まゆ」

ナツ「まゆちゃん」




ナツちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。




ナツ「まゆちゃん、知ってる!」

まゆ「え?」

ナツ「おじーちゃんのおはなしに、よくでてくるもん!」




わたしより、幾分か幼い様子のナツちゃん。
とてとてと歩いてきて、わたしの隣に座った。
夏の香りがした。




まゆ「おじいちゃんのお話……?」

ナツ「うん!」




そう元気よく答えたあと。




ナツ「……」




ナツちゃんは、わたしの手にあるスイカを見つめた。




まゆ「……食べる?」

ナツ「うん!」




元気よく頷いて。




まゆ「んとね、そこのテーブルの上に……」

ナツ「はむっ」

まゆ「!?」




わたしの手にあるスイカにかぶりついた。




ナツ「むぐ……んー、おいひー!」

まゆ「……」




呆気にとられて、固まる。
わたしの、食べかけのスイカが……。




ナツ「スイカ、すき?」

まゆ「……あ、うん」




唐突に尋ねられて、我に返る。




ナツ「あたしも、だいすき! なつといえば、スイカだよね!」

まゆ「うん!」




微笑み合う。
初めて会ってびっくりしたけど、この子とは仲良くなれそうな気がする。




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ナツ「……あ」

まゆ「どうしたの?」

ナツ「そろそろ、かえらなきゃ」

まゆ「え……」




しばらくお話していたら、突然の宣告が。




まゆ「また、会える?」

ナツ「まゆちゃんが、ここにいればね」

まゆ「?」

ナツ「えへへ、じゃ、またね!」




最後ににっこりと笑って、また茂みの中に入っていった。
涼しげな、風鈴の音と共に。




祖父「ただいまぁ」

まゆ「あ、おかえりなさーい!」




おじいちゃんが帰ってきた。
なんとなく、ナツちゃんのことは言わなかった。




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翌日。
再び、縁側でのんびりしていた。




まゆ「ふわあぁ……」




ひとつ、あくびをする。




まゆ「……ん」




昨日と同じ、爽やかな風が、頬をくすぐった。
風鈴の涼しげな音が鳴り響く。




まゆ「あ」

ナツ「あ、やっほー!」




茂みから、ナツちゃんが現れた。




ナツ「また、会えたね!」

まゆ「うん!」




再び、ナツちゃんに会えた。
素直に、嬉しい。




まゆ「ねね、ナツちゃんナツちゃん」

ナツ「なあに?」

まゆ「ナツちゃんってさ、この辺に住んでるの?」

ナツ「ううん、ちがうよ」

まゆ「どこに住んでるの?」

ナツ「うーん……とおいところ、かなあ」

まゆ「あははっ、なにそれー」

ナツ「とにかく、とおいところなのー!」

祖父「なにか楽しそうな声がすると思えば……ナツちゃんじゃないかい?」




おじいちゃんが、階段を下りてやってきた。




ナツ「あ、おじーちゃん!」

祖父「久しぶりじゃのう」

ナツ「えへへ、またあそびにきちゃった!」

祖父「そうかいそうかい。 まゆちゃんと仲良くな」

ナツ「もちろん、もうなかよしだもん! ねー」




にっこりと笑いかけてきた。
わたしも笑い返して。




まゆ「うん! 仲良しだよ!」

ナツ「えへへー」

祖父「ふぉっふぉっふぉ、そいつぁ結構なことじゃ」




ふがふがと笑いながら、おじいちゃんがスイカを切る。




祖父「スイカ、食べるじゃろ?」

ナツ「うんっ!」




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ナツ「あ……そろそろ、帰らなきゃ」




ひとしきり遊んだあと、ナツちゃんが呟いた。




まゆ「……また、会える?」

ナツ「まゆちゃんが……ここにいてくれたら」

まゆ「……いるよ、絶対」

ナツ「……うん」




ナツちゃんが微笑んだ。




ナツ「それなら、またあえるよ」




ちりん、と風鈴が鳴った。
ナツちゃんは、音もなく消えた。




まゆ「…………おじいちゃん」

祖父「なんじゃ?」

まゆ「ナツちゃんって……」

祖父「ふぉっふぉっふぉ。 安心せい、オバケじゃないぞ」

まゆ「よかった……」

祖父「ナツちゃんはのぅ、神様なんじゃ」

まゆ「かっ……か、神様?」

祖父「そうじゃ。 四季の神のうちの、夏の神様なんじゃ」

まゆ「夏の、神様……」

祖父「ふぉっふぉっふぉ。 まあ、すぐには信じられまい」

まゆ「信じるよ」

祖父「ほう?」

まゆ「だって今……目の前で、消えちゃったもん」

祖父「おお、そうじゃったなぁ」

まゆ「ニンゲンには、できないもんね」

祖父「そうじゃのう……」

まゆ「ね、ナツちゃんは、どこに住んでるの?」

祖父「きっと、神様の世界じゃよ」

まゆ「どうして、この家に来るのかな?」

祖父「さあ……神様は気まぐれじゃからのぅ」

まゆ「いつから来たの?」

祖父「二年ほど前、だったかな?」

まゆ「そっか……」




二年も前から、ナツちゃんはこの家に来てたんだ。
どうして、ナツちゃんはこの家に来たんだろう。




祖父「もしかしたら……友達が、欲しかったのかもしれんのぅ」

まゆ「友だち……」




初めて会ったとき。
わたしの名前を教えたとき。
ナツちゃんは、嬉しそうな顔をしていた。




まゆ「わたし……友達に、なってあげられてるのかな?」

祖父「うん?」

まゆ「ナツちゃんにとって、わたしは……ちゃんと、友達になれてるのかな」

祖父「心配いらんよ」

まゆ「んぅ」




おじいちゃんが、わたしの頭に手を乗せた。




祖父「ワシから見ても、ふたりは仲良し、じゃ」

まゆ「……えへへ」




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今日もまた、縁側に座る。
セミの鳴き声が響き渡る。




まゆ「……」




今日も、会えるかな。
ナツちゃんは会えるって言ってたけど、ほんとに会えるかどうかはわからない。
おじいちゃん曰く、神様は気まぐれだから。




まゆ「ん……」




心地いい風が吹いた。
風鈴が、鳴った。




ナツ「まーゆちゃん♪」

まゆ「ナツちゃん!」




今日もまた、茂みからナツちゃんが現れた。



□(しかくいし) @Shikakuishi



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