012 チョコレート



 私の好きな人はとにかく甘い物が大好きだ。見ているだけで口の中が甘くなる生クリームたっぷりのショートケーキ。カラフルで見た目もかわいいキャンディ。上品な見た目で、それはもはや芸術ともいえる和菓子。ふっくらとした生地の中にほどよい甘さのあんこが詰まった饅頭。洋菓子、和菓子問わずに色んな甘い物を知りつくし、食べていた。中でも一番好きなのはチョコレートだった。加工もしていない、シンプルな板チョコがお気に入りらしい。
「梨花ってよくそんなに食べて太らないよね」
「何故か太らないんだよね、自分でも不思議」
 上機嫌で振り向いたAのふんわりとした栗色の髪の毛が、夕日に照らされて眩しい。あんなに甘い物を食しているにも関わらず、細くて繊細なA。ぎゅっと抱きしめたら、そのまま体にひびが入って壊れてしまいそう。
「そんな細い体のどこに入っていくんだろうね」
「真夏ちゃんだって細いじゃん」
 そう言って梨花は私の腕をペタペタと触りだした。梨花の細い指が私に触れるたび、不思議な感覚に捕らわれる。自分でも頬が紅くなっていくのが分かった。もう秋が近づいて肌寒い季節のハズなのに、熱が出た時みたいに熱くて、足元がふわふわしてくる。
「私は筋肉で引き締まっているだけなんだよ。梨花みたいに女の子らしい体つきじゃないし」
 女の子らしいかわいい物が好きではない。
「そうだ、今度お菓子作ってきてあげる」
 女の子が好む甘い物も私は苦手だ。ショートケーキ、キャンディ、マカロン、マシュマロ、もちろんチョコレートも嫌いだった。
「本当? ありがとう。うれしいな」
 甘い物なんて吐くほど嫌いなはずなのに。

 梨花とは部活で知り合った。中学のころから陸上部だった私は、迷うことなく高校でも陸上部に入部した。私以外にも何人か入部していて、その中に梨花がいたのだ。明らかに、運動が苦手そうな梨花は部員として入部したのではなく、マネージャーとして入部したらしい。それを知って何故か安堵した事を今でもはっきり覚えている。
 人懐こい梨花は誰とでもすぐに打ち解けていた。もちろん私にも気軽に話かけてくれた。そのおかげで今では大分親しくなった。
 無意識に梨花の事を目で追っていた。何をするときでもAの事を意識している自分がいる。
日に日に梨花の事を考える時間が増えていった。
授業中、いつの間にかノートの隅に梨花の名前を書いていた事があった。その時初めて、
自分は梨花の事が好きなんだと気付いた。
 
ためしにチョコレートを口に入れてみた。口に入れると、徐々に溶けていき、甘ったるい粘り気のある液体は口の中に広がった。舌に絡みつくような甘さは、飲みこんでもしばらく口の中に残る。
これが梨花の好きな味でもあり、私の吐くほど嫌いな物でもあった。

「はい、好きなだけ食べてね」
 私の目の前に運ばれて来たのはチョコレートケーキだった。白を基調とした明るくて、華やかな部屋の中心にこげ茶色の塊はまるで爆弾の様だった。
 梨花は私にケーキを切り取って皿に分けてくれた。自分の分も切り分けると、さっそく爆弾を口に運んだ。
 口に入れた瞬間、ドーンと爆発してくれたら良いのに。このケーキと一緒に私も、私の中で渦巻く梨花への想いも全部無くなってしまえば良い。それが出来たらどんなに楽になるだろう。
 好きだと意識してから何もかも可笑しくなった。可愛らしい洋服を見かけると、これは梨花に似合うだろうなって、まず梨花の事を考えてしまう。頭の中で梨花とキスをして何度も申し訳ない気持ちに襲われた。そして一番可笑しなことは、甘い物、特にチョコレートが嫌いになった事だろうか。元々そんなに好きではなかった。ただ、それだけだった。なのに、梨花がチョコレートを美味しそうに食べている姿を見ると、イライラと不安で押しつぶされそうになった。
 彼女の好きな物を私も好きになれない。それは私の恋敵だからなのか。所詮食べ物なのに、こんなに必死になるのは馬鹿げていると思う。
 チョコレートケーキに目を向けた。今も私の目の前でドンと腰を下ろしている。甘いチョコレートの香りが私の鼻を刺激する。
 視界がぼんやりとしてきた。世界がぐんにゃりと回って意識が遠のいてきた。訳が分からないままチョコレートケーキを口に運んだ。
「甘く……ない」
 数口食べたから気が付いた。このチョコレートケーキは一つも甘くなかった。むしろ、少し苦すぎるくらいだ。口の中でいつまでも残っているしつこい甘さは感じられなかった。    
私好みのケーキだ。梨花は分量を間違えたのだろうか。それとも……
「真夏ちゃん甘いの苦手だから少し苦くしてみたよ」
「……知ってたの?」 
 梨花は静かに首を縦に振った。
「分かるよ、甘い物嫌いな事も、女の子らしい物もあんまり好きじゃない事も」
 嫌な感じがしてしょうがなかった。ひんやりと冷たい汗が背中から流れ落ちた。
「真夏ちゃんが私を好きな事も……だって私も、ずっと真夏ちゃんの事見てきたから」
 心臓の暴走が止まらない。どういう事か考える前に、口にチョコレートケーキが押し込まれた。
「このチョコみたいな苦い恋愛じゃなくて、本当のチョコみたいに甘い恋愛を私としない?」
 ちらりと見えた梨花の顔は少しだけ目が潤んでいた。その瞬間、あんなに暴走していた心臓は徐々に落ち着きを取り戻す。こんな斬新な告白をしてきたけれど、本人も大分必死だったようだ。
 たまには胸焼けするくらい甘い恋愛も悪くないかもしれない。いや、最初からそうなる事を望んでいたのだ。
 初めて彼女と口を重ね合わせた。それは大嫌いだったチョコレートの味がした。



しぐしぐ @space_sigsig



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