わたしのお姉ちゃんは完璧だ。
頭が良くて、スタイルが良くて。
妹であるわたしに、優しくしてくれる。
そんな素敵なお姉ちゃんに、わたしは、密かに恋心を抱いていた。
けれど、お姉ちゃんは誰からも好かれていた。
異性同性関わらず、毎日ラブレターの嵐。
そんなお姉ちゃんを、私なんかが独占できるはずがない。
お姉ちゃんは、近くて遠い存在だ。
女の子同士という壁で隔てられ、壁を越えても姉妹という距離が待ち構えている。
その距離が、果てしなく遠い。
いや、遠いのかどうかはわからない。
ただ、目の前にある壁が視界を遮り、どれほどの距離があるのかを目視することができないだけだ。
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母「妹ー? ちょっとお姉ちゃんの部屋の枕カバー取り替えてくれるー?」
妹「はーい!」
ある日、お姉ちゃんが部活でまだ帰ってきていない日。
わたしはお母さんに頼まれて、お姉ちゃんの部屋の枕カバーを替えに、お姉ちゃんの部屋に行った。
妹「……わあ」
お姉ちゃんの部屋。
久しぶりに入った、お姉ちゃんの部屋。
お姉ちゃんらしく雑多なものは無く、清潔感に溢れていた。
妹「えっと……」
お姉ちゃんの枕を手に取り、カバーを外そうとした瞬間。
妹「……ふぁ」
お姉ちゃんのにおいがした。
妹「……」
久しぶりにかぐ、お姉ちゃんのにおい。
甘くて、わたしを酔わせるにおい。
妹「……おねぇ、ちゃん……」
思わず、無心でかいでいた。
お姉ちゃんの枕に顔を埋め、息を大きく吸い込む。
妹「ふわあぁ……」
甘い香りが鼻いっぱいに広がり、じんわりと体中に染み込んでいく。
すごい。
すごく、いいにおい。
なんか、安心する。
小さい頃にお姉ちゃんに抱きしめられていたときと同じ安心感。
お姉ちゃんのにおいに包まれているだけで、まるでお姉ちゃんに抱きしめられているかのように錯覚した。
結局そのあと、お母さんから催促のお言葉を賜るまで、お姉ちゃんの枕に顔を埋めていた。
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その日の夜。
わたしは布団の中で、お姉ちゃんのこと、枕、においのことを考えていた。
お姉ちゃんを独り占めすることはできない。
妹「……でも」
けれど、枕ぐらいなら……独り占めしたい。
お姉ちゃんのにおいが詰まった、枕。
それは、わたしにとってあまりにも魅力的で、素敵なものだった。
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ある日。
お姉ちゃんが部活でまだ帰ってきていない日。
わたしは、お姉ちゃんの部屋に来ていた。
妹「お姉ちゃんの……枕」
お姉ちゃんの枕を手に取り、そっと顔を近づける。
すぐに、お姉ちゃんのにおいがした。
頭が、胸が、いっぱいになる。
妹「……いいよね。 枕ぐらい……許して、くれるよね」
幸いにも、わたしとお姉ちゃんは同じ形、色の枕を使っている。
取り替えても、バレることはないはず。
妹「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
そっとお姉ちゃんの枕が置いてあった場所にわたしの枕を置き、逃げるようにお姉ちゃんの部屋を出た。
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その日の夜。
布団の中で、わたしは幸福感と罪悪感のせめぎ合いに晒されていた。
お姉ちゃんの枕は、すごい。
ふかふかで、お姉ちゃんのにおいがして。
気を抜いたら、すぐに眠りに入っちゃうような、素敵な枕。
けれど、わたしはこれを、お姉ちゃんの部屋から勝手に持ち出してしまった。
お姉ちゃんは、気づいただろうか。
お姉ちゃんは、怒っているだろうか。
明日、お姉ちゃんと会うのが怖い。
妹「……ごめんなさい、お姉ちゃん……」
ただ、今は、お姉ちゃんに包まれているような錯覚に溺れていたかった。
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翌日。
いつも通りに目覚めて、お姉ちゃんの枕から離れたくないという葛藤に打ち勝ち、リビングへ行った。
既にお姉ちゃんが起きていて、朝食を食べていた。
姉「おはよ、妹」
妹「おはよ」
いつも通りに、挨拶を交わす。
どうやら、気づいていないか、気づいていても怒ってはいないみたいだ。
お姉ちゃんは朝食を食べ終え、朝練があるからと言って、早めに家を出た。
なんとなく、いつも以上にハツラツとしているように見えた。
母「今日のお姉ちゃん、元気ね」
妹「そうかなぁ」
そう見えたのは、わたしだけじゃないらしい。
なにかいいことでもあったのかな……そう思いながら、お味噌汁を啜る。
妹「……ごちそうさま」
母「お粗末さまでした」
朝食を食べ終えて部屋に戻り、身支度を整える。
妹「……よし」
姿鏡の前でセーラー服の胸のリボンを結び、スカートの長さを調節した。
妹「よし、完璧!」
すべての支度を整えたあと。
妹「……んぅ」
ぎゅ、と、お姉ちゃんの枕を抱きしめる。
遠い存在であるお姉ちゃんの、枕。
妹「んはぁ……はふぅ」
このままずっと抱きしめてたいって思うけど、そうはいかない。
妹「そろそろ、行かなきゃね」
名残惜しく枕を見つめながら、部屋から出る。
学校から帰ってきたら、真っ先に抱きしめよう。
妹(お姉ちゃんのにおいが薄くなってきたら……また、取り替えてみようかな)
ふかふかの、お姉ちゃんの枕。
せめて寝てる間だけは、お姉ちゃんに包まれていたいな。
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